第1編 総則
第1 構成要件
1 実行行為
(1) 間接正犯
他人の行為が結果発生との間に介在した場合であっても、正犯としての実行行為が認められるのはいかなる場合かが問題となる。
正犯とは、行為者が自ら構成要件に該当する事実を惹起することをいう。そして、行為と結果発生との間に他人の行為が介在した場合でも、その他人の行為を道具のように一方的に支配・利用した場合には、自ら構成要件に該当する事実を惹起したのと同視できる。かかる場合、正犯としての実行行為が認められると解する。
(最判昭和58年9月21日)
本件についてみると、Aは当時12歳であり、また長期の四国への巡礼の旅行中であった。Aは未だ幼く、生活圏から離れた状態で、頼るべき人は被告人がいなかったといえる。
さらに、被告人は日ごろAが逆らうそぶりを見せると、Aの顔にタバコの火を押し付けたり、ドライバーでAの顔をこすったりしていたのであり、Aは被告人の意のままに従わざるをえなかった状況にあったといえる。
以上の客観的状況及び被告人の日ごろの行為から、Aは行為当時意思を抑圧されていたといえ、被告人はAを他人の道具のように一方的に支配・利用していたと認められる。
ゆえに、被告人の行為は、正犯としての実行行為と認められる。
(5) 不真正不作為犯
通常は作為により実現される構成要件を不作為により該当するとするためには、作為との同視可能性が要請される。そこで、いかなる場合に作為との同視可能性があるといえるかが問題となる。
この点について、まず一定の作為をあえて要求しうる根拠が必要であるから、①作為義務[1]が必要である。また、履行可能な義務でなければ作為を要求できないから、②作為可能性も必要である。これら二つが充足した場合、作為との同視可能性が満たされると解する。
(最判平17年7月4日)
本件について、まず①について検討する。
被告人は、点滴等の医療措置が必要な状態にあるAを入院中の病院から運び出させ、その生命に具体的な危険を生じさせたのであって、先行行為により危険を創出したといえる。
さらに、被告人はホテルにおいて、被告人を信奉するAの親族から重篤な患者に対する手当を全面的に委ねられたていたのであるから、Aの生命に対する排他的な支配が認められる。
以上の先行行為と排他的支配により、被告人はAの生命維持するために必要な医療措置を受けさせる義務を負っていたというべきである。
また、②について、被告人には救急車を呼ぶ等の必要な医療措置を受けさせるための行為を妨げるような事情はなく、作為可能性も満たされる。
したがって、被告人の不作為には作為との同視可能性が認められる。
ゆえに、被告人の不作為は殺人罪の実行行為と認められる。