オス!かずだ!
突然だが、
- 結婚に必要な「真に社会通念上夫婦と認められる関係を欲する意思」(実質的意思)って何なのさ?
- 内縁にも認められる条文が整理できていない!覚えられない!
- 夫婦別姓・同性婚の問題って、どう考え判断すればいいのだろう?
- 結婚制度ってそもそも必要なの?
- どんな結婚が幸せな結婚なんだろう?
とモヤモヤしている方はいないだろうか?
こういう方は、結婚の意味・結婚の実質的意思について考えが深められておらず、家族法・現実の結婚問題を考える軸ができていない。
上で述べた、「真に社会通念上夫婦と認められる関係を欲する意思」とは、婚姻の実質的意思と呼ばれ、これ自体が家族法最大論点であると同時に、その理解は内縁・夫婦別姓・同性婚などの重要問題に波及するものであり、家族法を得意とするうえで避けては通れない分野である。
ところが、基本書では、判例がとる実質的意思説の内容を「不明確」と問題提起するのみで、これを深めようとするアプローチをとっていない(俺が使っている後掲の窪田)。
本記事は、そんなモヤモヤな実質的意思の内容をとことん追求しようとするものであり、「結婚ってなんぞや」っていう問いに答えてみようという試みである。
その手法は、
- 婚姻(実質的意思+届出)の効果と、内縁(実質的意思のみ)に認められる効果をまとめ上げ、両者を比較し実質的意思を定義する
- 現代の離婚原因を探り、「婚姻の本来あるべき姿」を裏から浮き彫りにし、上記定義を補強する
というものである。
本記事を読めば、家族法の実力がうなぎ上りなだけでなく、求めるべき理想の男女関係がどのようなものか明確にすることができるので、最後まで読んでバッチリマスターしておこう!
なお、現代の離婚原因の探求においては、以下の書籍を参考にした。
この本は、筆者が離婚を経験した男性たちに、離婚に至るまでの経緯や顛末を聞いたルポルタージュ1である。
現代は、婚姻数が減っているのに、離婚数は増加していて、3組に1組は離婚する状況にある(令和元年の日本の離婚率は約38.3%)。
引用元:離婚慰謝料請求ガイド
本書には、日本で誤った方向に進んだ個人主義が、婚姻にどのように悪影響を及ぼしているのか示唆に富む事例が多数載せられており、円満な男女関係を育むヒントがちりばめられている。
そこで浮き彫りにされる男女関係あるべき姿が、「真に社会通念上夫婦と認められる関係」とはいかなるものか、思考を導いてくれるのだ。
では、さっそく始めていくのだが、まずは、「実質的意思」の位置づけを確認するために、婚姻の要件を確認しよう。
目次
婚姻の要件
婚姻の要件として、
- 婚姻意思の合致(憲法24条1項、民法742条1号。民法は以下省略する。)
- 届出(739条・742条2号)
- 婚姻障害がないこと(740条)
が挙げられる。
そして、1の婚姻意思について、判例が「真に社会通念上夫婦と認められる関係を形成する意思」と解釈しているのは、ご存知の方も多いだろう(最判昭和44年10月31日)。
この、「社会通念上夫婦」って何なんだろう?
だが、女性の社会進出が進み、夫婦が共に過ごす時間はどんどん短くなってきている。
だが、今は子供を設けない婚姻が増えているし、また同性婚のニーズも高まっているよな。
そう考えると、社会通念上夫婦を定義することって非常に困難に思えてくるし、それを決めてしまった場合、その定義からはみ出た人からの反発は必至である。
しかし、婚姻制度が現に存在し、相続など婚姻の効果として軽視できない影響がある以上、実質的意思を明確にする必要性は存在する。
逃げてはいけない。
実質的意思とは何か?
先に答えをいってしまうと、民法・判例が想定する「社会通念上夫婦」とは、
- 協力して社会生活を営み
- 子を産み育てる
男女関係である。
なので、婚姻の実質的意思とは、①男女が協力して社会生活を営み、②子を産み育てる関係を構築することを欲する意思である。
以下、この定義の民法上・判例上の正当性を証明するために、
- 実質的意思説をとった判例
- 民法が規定する婚姻の効果
- 内縁を保護する法規
を見ていくことにする。
実質的意思説をとった判例から見てみよう!
上掲最判昭和44年10月31日は、子に嫡出性を与える目的でなされた婚姻について、婚姻の効力を否定した。
この事例での男女は、いったん婚姻届けを提出し、準正(789条2項)により子を嫡出子として入籍させたら離婚するつもりであったのであり、①協力して社会生活を営んで②子を産み育てるという意思はなかった。
なので、この判例は、①②を実質的意思の内容としていることがわかる。
婚姻の法律効果から見てみよう!
婚姻の法律効果として、民法は、
- 親族・姻族関係の発生(725条・728条参照)
- 夫婦同氏(750条)
- 同居・協力・扶助義務(752条)
- 夫婦間の契約の取消権(754条)
- 婚姻費用の分担(760条)
- 日常家事についての連帯債務(761条)
- 嫡出推定(772条)2
- 離婚の際に財産分与請求権が発生すること(768条)
- 貞操義務(770条1項1号)
- 配偶者相続権(890条・900条)
を規定している。
こうしてみると、多くの規定で、民法は、
- 協力して社会生活を営み
- 子を産み育てる
関係を想定していることがわかるだろう。
もっとも、財産分与と相続は上記実質的意思の定義に収まらないが、これらは婚姻関係そのものの規律ではなく、婚姻関係が解消された際の財産承継に関する規定である。
そのため、後述するように、関係解消時の財産承継に関しては、内縁関係における保護が弱められている。
上記②で挙げた夫婦同氏の規定(750条)が、「氏の変更を強制されない自由」(憲法13条)を侵害し違憲である等の訴えに対して、裁判所は以下のように述べて、これを退けた(最判平成27年12月16日)。
氏は、「名とは切り離された存在として,夫婦及びその間の未婚の子や養親子が同一の氏を称するとすることにより,社会の構成要素である家族の呼称としての意義があるとの理解を示しているものといえる。
そして,家族は社会の自然かつ基礎的な集団単位であるから,このように個人の呼称の一部である氏をその個人の属する集団を想起させるものとして一つに定めることにも合理性がある。」
したがって、「自らの意思のみによって自由に定めたり,又は改めたりすることを認めることは本来の性質に沿わないものであり,一定の統一された基準に従って定められ,又は改められるとすることが不自然な取扱いとはいえない」
そうであれば、「氏が,親子関係など一定の身分関係を反映し,婚姻を含めた身分関係の変動に伴って改められることがあり得ることは,その性質上予定されているといえる。」
この判例に対しては、現行法は「家」制度を捨てているところ、個人のアイデンティティから夫婦同氏を受け入れ難い場合に、婚姻という制度を選択できないとする必要性は見いだせない旨の批判がある(窪田充見。後述の参考文献)。
たしかに、現行民法上は「家」という概念は見いだせない。
しかし、戸籍法では、婚姻を機に新たな家族単位を編成することになっている(新戸籍の編製)。
そして、相続実務では、相続関係を明らかにするため、「戸籍をだどる」ということが行われ、相続人であることの公証には戸籍謄本を用いている。
このように抽象的な民法の規定を越えて、民事法全体・法律実務を広く俯瞰してみると、家制度は我が国において法体系ととして維持されているのであり、民法が家制度について規定していないことは夫婦同氏を否定する理由にはならない。
また、夫婦別姓は親族関係の公証において、混乱を招く。
上述のように、相続実務では戸籍謄本が重要な役割を果たすところ、その中の夫婦が別姓だと、関係性がわかりにくい。
これは相続だけでなく、戸籍を用いるあらゆる法律実務においてもいえることである(成年後見の審判など)。
さらに、夫婦の一方は、他方配偶者のした日常家事にかかる法律行為について、連帯債務を負うところ(761条)、それぞれが別の氏だった場合、取引の相手方は、当該夫婦の関係性がわかりにくく、「他方配偶者が払ってくれるだろう」と安心することができず、取引の安全を害する。
法律関係を円滑に回すには、実質を備えるだけでなく、形式をも尊重すべきことは、物権法の公示の原則にも通ずるところである。
加えて、より根本的なところであるが、夫婦別姓は家族の絆を弱める。
何かを共有することが人々の絆を強くすることは、社会心理学上認められている(↓記事の一貫性の法則、好意の法則の「類似性」参照)。
人間は個として独立しつつも、団結してチームとして動くものである。
氏の共有は家族としての一体感を高め、チームとしてのエネルギーを高め、それが個々の生きやすさにも繋がる。
↓の『7つの習慣』の紹介で述べた、win-winの関係・シナジー効果である。
社会的関係を生きる人間は、何でもかんでも自由にすることで、必ずしも幸福にはつながらないのである。
『僕たちの離婚』を紹介する際に詳述するが、現在の日本社会において離婚が増加している原因は、真の個人主義でなく「孤」人主義を推し進めたことにあり、「家制度の評価すべき側面」を看過していることに原因があると思われる。
以上のように、夫婦別姓は、
- 民法が要求するところではなく、逆に民法は夫婦同姓を前提としている
- さまざまな法律関係・法律実務で混乱を招く
- 家族の団結を弱め、人間として自然な活き方を阻害する
から、判例の結論は妥当である。
内縁関係を保護する条項から見てみよう!
内縁とは、婚姻の実態を有するものの、婚姻の届出をしていない男女の関係である。
内縁は届出という婚姻の成立要件を欠くから、上記婚姻の効力が認められないとも思える。
もっとも、判例の中には、一定の法律関係について上記規定の類推適用ないし準用を認め、内縁を保護するものがある。
その嚆矢が、大連判大正4年1月26日判決であり、裁判所は内縁を婚姻予約と構成し、そのの不当破棄が契約違反となることを認めた。
この判例に対しては、内縁を婚姻予約と解することは社会通念からかけ離れており実体に合致していない、内縁の不当破棄の問題は処理できるがその他の法律関係を処理するに適さないと批判がなされた。
そこで学説は、届出を欠いてはいるが婚姻と同様の実態を有する婚姻に準ずる関係であると構成した(準婚理論。最判昭33年4月11)。
準婚理論の影響を受け、以下のような条項において、内縁関係が保護されている。
内縁関係に適用される条項
- 内縁配偶者にも同居義務・相互扶助義務(752条)があることを認めた事例(大判大10年5月17日民録27輯934頁)
- 姻費用の分担(760条)の適用を認めた事例(最判昭和33年4月11日)
- 日常家事に関する債務の連帯責任(761条)
- 帰属不明財産の共有推定(762条2項)
- 貞操義務の準用(770条1項1号)を認めた事例(東京地判昭和33年12月22日家月11巻4号108頁)
- 当事者生存時の内縁関係解消における財産分与請求権(768条。死亡時の適用は認められない。詳細は下記)
- 認知請求において、嫡出推定(772条1項)の類推適用を認め、立証責任の負担を軽減した事例(最判昭29年1月21日)
- 第三者の婚姻共同体に対する不法行為による慰謝料請求が認められた事例(711条について大判昭7年10月6日民集11巻2023頁、709条について最判昭37年10月23日月15巻9号94頁)
- 内縁配偶者の居住権(借地借家法36条、最判昭和42年4月28日。下記参照)
- 特別縁故者に対する相続財産の分与(958条の3)
内縁の他方当事者の死亡に伴い、相続人が財産分与請求義務(768条)を相続したかが争われた事例があり、判例は否定した(最判平成12年3月10日)。
その理由は、民法は婚姻関係の解消における清算・扶養について、離婚による婚姻関係の解消には財産分与を、死亡による解消には相続を用意しているところ、死亡による内縁解消のときに財産分与の規定の適用を認めることは、上記の民法の構造に異質の契機を持ち込むもので、民法が予定しないことだからである。
なお、この判例は、
- 配偶者相続権が内縁関係には適用されないことを前提としている。
- 他方、離別による内縁解消の場合に財産分与の規定を類推適用することは否定していない(認める余地を残した)。
内縁配偶者名義で家を借りていた場合、その者が死亡した場合に生存している内縁配偶者の居住権をどのように保護するかという問題がある。
既述のように、内縁の効果として相続権は認められないので、借家権の相続という構成は採ることができない。
この点について、借地借家法36条は、賃借人に相続人がいなかった場合には、内縁配偶者や事実上の養子が借家権を承継することを認めている。
ただし、これはあくまで相続人がいない場合に例外的に適用されるものにすぎず、これを利用することができる場合は、それほど多くないと考えられる。
このような家主との関係について、前掲最判昭和42年4月28日は、賃借権が相続人に承継されることを前提としたうえで、賃貸人に対して、相続人の賃借権を援用することができるとした。
すなわち、内縁配偶者としては、自らの借家権を有しないとしても、被相続人が有しており、そして、相続人に承継された借家権を援用することによって、明渡しを拒むことができる。
もっとも、このような法律構成は、借家に関する内縁配偶者の法的地位を必ずしも安定的なものとしない。
借家権を相続した相続人が賃料を支払わなければ、債務不履行を理由とする解除が認められ、その場合には、内縁配偶者が借家の明渡しを拒むことができないからである(上記昭和44年判決は実際そうなった)。
以上を鑑みると、内縁関係について民法・判例は、
- ①共同生活関係については原則として婚姻関係と同様に保護し、
- ②共に子を産み育てるという関係についても貞操義務・嫡出推定の類推により保護する。
- 相続については、法定相続人が優先する
と位置付けていることがわかる。
内縁関係に適用されない条項
上記3つの位置づけは、以下の内縁関係に適用されないとされる条項からも、うかがい知ることができる。
内縁関係に適用される条項・適用されない条項からみる実質的意思
以上のように、内縁関係について民法・判例は、
- ①共同生活関係については原則として婚姻関係と同様に保護し、
- ②共に子を産み育てるという関係についても貞操義務・嫡出推定の類推により保護する。
- 相続については、法定相続人が優先する
と位置付けている。
ところで、内縁とは社会通念上夫婦と認められる関係を構築する意思(実質的意思)はあるものの、届出がないだけの関係をいうのであった。
そうであるならば、「真に社会通念上夫婦と認められる関係」とは、やはり①協力して共同生活を営み、②共に子を産み育てるという関係であるといえるのではないか。
相続・これと同様の実質を有する財産分与について内縁配偶者に認められないのは、届出がされていないことが影響していると思われる。
すなわち、法定相続人としては、「親族のみによって財産を承継する(遺言は別)」との合理的期待を有しているから、その期待を保護しているものといえる。
つまり、届出をしないような中途半端な奴は、相続人の合理的期待を破るほどの要保護性はない、ということであろう。
↓記事で解説した公示の原則と、考え方は同じだな。
このように、公示の原則の理解はあらゆるところで活きるものであり(夫婦別姓のところでも言及したな)、法的思考力の幹となるものだから、しっかり根本から理解しておくといい。
『僕たちの離婚』から実質的意思を考察しよう!
冒頭で紹介した本書では、様々な人々の様々な離婚理由が挙げられているのだが、それを類型化すると、やはり、婚姻の実質的意思を構成する2つの要素を欠いている場合がメインであった。
すなわち、①夫婦共同生活を欠いていた場合、②子を作り産み育てるという要素を欠いていた場合である。
以下、本書で紹介されていた中からいつくかケースをピックアップして、紹介する。
ケース01 三浦隆司 「夫」になれない
大手広告代理店勤務の三浦さん(37)は、夫婦が夫婦として維持されるためには、離婚ストッパーたる「子」の存在か、互いにある程度の「人間的成熟」が必要と語る。
…
…
三浦さんは、元妻である絵里さんと、大学在学中に合コンで知り合って付き合いだし、大手広告代理店に就職後4年目に結婚。
三浦さんは当時25歳、絵里さんは23だった。
絵里さんは、「女性は20代半ばで寿退社して、専業主婦になって、ローンを組んでマイホームを買って子供を育てる。」という日本の古い世界観を持っていた。
一方、三浦さんは、貯金なんてせずにもっと友達と遊びたかったし、仕事もバリバリこなして、ゆくゆくはフリーランスとして独立したかった。
そんな価値観のずれが、生活スタイルのずれをもたらした。
三浦さんは深夜まで仕事をして、酒を飲んで帰って、翌日は昼前まで寝ていることもしばしば。
対して、絵里さんは、毎日朝起きて9時には出社。
加えて、三浦さんは土日も友人と会ったり、ライブやクラブに行ったり大忙し。
2人は、土日を合せても、1週間に一度も食卓を囲まないこともしばしばという有様だった。
子作りの方も絶望的だった。
結婚する直前くらいから徐々にSEXの回数が減っていき、最後の1年は完全にSEXレスだった。
離婚したのは結婚5年目。
その原因は、「夫婦になるには若すぎた」からだという。
「世の中には、結婚して、夫という役割を上手く演じられる人と、演じられない人がいる。僕は、演じられない人だったんですよ。
結婚しても、相手との関係性は恋人時代から変わらないと高をくくっていましたし、家庭を司る責任感のようなものも持てなかった。」
「ただ、僕には夫にはなれなかったけど、父にはなれると思うんです。
子供ができれば、強制的に人の親、つまり父になることができる。そこは、僕の中の希望なんです。」
三浦さんは昨年、36歳のときに再婚した。
子供はまだいないが、欲しいという。
「離婚している人で多いケースだと思うんですけど、20代で結婚して子供を作らないまま5年くらい経つと、離婚する可能性はすごく高まりますよ。なんなら5分5分くらいじゃないかな。」
子はかすがい。
ただ、離婚ストッパーたる子供がいなくとも、夫婦が夫婦として維持されるためには、互いにある程度の人間的成熟が必要というのが、三浦さんの主張である。
「20代の頃、我は夫である、という意識はまるでありませんでしたが、今はあります。
理由?妻が今仕事をしてなくて、実質的に専業主婦なんですよ。だから、僕が頑張らないと」
二度目の結婚で夫になれた三浦さんは、どこか、誇らしげだった。
ケース04 田中元基 「かわいそう」だから結婚した
大手企業の有名WEBディレクターである田中元基さん(41)に、離婚した里見さんの事を聞いても、要領を得ない。
「普通の、か弱くて優しくていい子でした。離婚の原因?…うーん、彼女はすぐに子供を作りたかったけど、僕はいらなくて…」
…
…
田中さんは29歳のとき、1つ年下の里見さんと7年に渡る交際の末に結婚。
しかし、結婚生活は3年で破綻した。
その後田中さんは、離婚から3年経った35歳のときに、同じくWEB関連のIT企業に勤務する40歳の亜希子さんと知り合い、2年後に再婚した。
亜希子さんと再婚した理由について、田中さんは、
「金銭的に支える必要がなかったからです。彼女は収入もポストも、ぶっちゃけ僕より上。結婚してからも財布は別々だし、彼女の貯金額も知りません。」
と語る。
「支える必要がない」という無責任な言葉でちょっとびっくりするが、それよりも、むしろ次の言葉にびっくりする。
「今、亜希子とは一緒に暮らしていないんですよ。亜希子が上海の支社に赴任中なので、僕は1人暮らし用のマンションに住んでいます。
一昨年までは僕がバンコクにいて、亜希子が日本でした。実は、結婚後に同居した期間が、ほとんどないんです。」
相手を金銭的に支える必要がない。一緒に暮らさなくても構わない。聞けば、夫婦と子供作り願望はない。
であれば、法律婚ではなく、男女交際の形式を取り続けてもよさそうなもの。
この点について田中さんに尋ねると、
「いい質問ですね…(笑)難しいな…行ってみれば契約、かな。相互扶助契約。どちらかが病気で倒れた時には助け合う。
僕、相手を守ってあげたいという気持ちがまるでわからないんです。世の中には、彼女や配偶者にか弱さを求める男性もいますが、僕にはその志向が全然なくて…」
「里見は僕に、夫として、未来の父親として、家長としての立ち振る舞いを求めていましたが、応えてやれませんでした。でも、亜希子はそれらをまったく僕に求めません。
彼女には十分な収入があるのは理由の一つでしょうが、精神的な自立心も強いんです。彼女は個たる人間として、ゆるぎなく確立しているというか。
僕は、目的意識をもって生きている、自立した女性が好きだったんです。それを、前の結婚では、明確に意識できませんでした。
里見は僕よりずっと学歴が低くて、職種もごく普通の事務職です。誰かと結婚して子供を作ってお母さんになって生きていく以外にプランが無いように見えました。
これは、本当にクズ発言だと重々承知ですが、…僕は、そんな彼女のことを、どこか憐れんでいた。かわいそうな存在だと思っていた。
だから、7年も付き合ったのちに放り出したら、この人は生きていけなくなるだろうと思って…だから、結婚したのかもしれません。」
冒頭で田中さんが何気なく口にした、「か弱く、優しい普通の女性」が、離婚原因のすべてだった。
だが、10年も経た離婚経験は、いまだに新しい学びをもたらしてくれる。
「憐れむだの、かわしそうだの…。あのときの僕は、里見の人格を尊重していなかったんですね。今日、お話をしていて、ようやく思い至りました。」
それに気づいた田中さんは、今の亜希子さんとの「相互扶助契約」を、本当に自分が望むものだと再承認できるのだろうか?
ケース07 木島慶 殿方たちのお気に召すまま
「典子は、僕以外の二人の男と同時に不倫していました。男は二人とも既婚者で、二人とも妻と同じ部署の先輩です。」
全国紙の新聞記者、木島慶さん(38)は、約8年前の壮絶な修羅場に至るまでの経緯をこう話し始めた。
…
…
木島さんが元妻の典子さんと出会ったのは、都内の一流私大のマスコミ系サークル。
ずっと童貞をこじらせていた木島さんは、2年生の終わりに、サークルで美人と評判だった同級生にアタックしたのだが、あえなく玉砕。
それで、「二の矢」として目を付けたのが、サークルの1年後輩である典子さんだった。
「玉砕した直後、はたと周りを見回してみて、典子って結構いいんじゃないか?と思うようになりましたね。サークル内で、かわいいじゃんと言われていたのも、僕の気持ちを後押ししました。」
典子さんは、3人兄弟の末っ子。お父さんは銀行員で、お母さんは保健師。一家をあげて、プロテスタントのクリスチャンで、毎週日曜には家族そろって教会にいっていたそうだ。
菅野美穂似の美人。えくぼがチャーミングで、とても後にW不倫をするようには見えない。
木島さんは、典子さんを美術館や映画に誘い、3か月後にめでたく交際開始。
卒業後、木島さんは都内の新聞社に就職。1年遅れて卒業した典子さんは、都内の中堅広告代理店に営業職として入社する。
木島さんと典子さんは、都心のタワーマンションで同姓をスタートし、木島さんが28歳、典子さんが27歳のときに結婚した。
…と聞くと、トントン拍子に運んだようにみえる。
しかし、木島さんはため息をついた。
「今思えば、典子は僕と結婚する気なんてなかったと思うんです。典子は、状況にものすごく押し流される女なんですよ。」
どういうことか。
「典子に交際をアプローチしたのも、デートに行く場所や観る映画を毎回提案したのも、同棲話をもちかけたのも、結婚を申し込んだのも、全部僕でした。」
「自分でいうのもなんですが、僕は割と押しが強くて、相手をロジカルに詰めるタイプなので、彼女が反論する理由を漏れなく潰していった。その結果、彼女はすべてを承諾せざるをえなかったのかもしれないなと。」
驚くべきことに、木島さんと典子さんの間には、交際から不倫が発覚するまでの約9年間、一度もケンカがなかったという。
「典子は、自分の我を通すために積極的に行動するということがほとんどないんです。誰かと衝突して揉めるなんてことが、そもそも起こらない。休みの日に行く場所や観たい映画や食べたいもので意見がぶつかることも、まったくなかったんです。」
「これ…説明が難しいんですけど、典子は僕やいろんな人に、乗り気じゃなさそうだけど、大丈夫かな?みたいな不安を一切抱かせない、天性の能力を持っているんです。相手にすごく合せられる。それでいて相手に罪悪感を抱かせない。」
自己主張せず、相手の求めには気持ちよく応じる。来るものは拒まない。それでいて、、相手を背徳的な気分にはさせない。典子さんの不倫に至るヒントが見えてきた。
典子さんは、普段の生活においても、「多少の不満があっても自分から環境を変えようとしない」という行動原理が徹底していた。
掃除機もごみパックがパンパンで取り換えた形跡はない。料理も一切しないで、すべて外食か、すぐ食べられるものを買って帰ってくるだけ。枕カバーも代えない。なんと、部屋には、カーテンもなかったという。
ただ、身なりには気を使い、「センスのいい子」で通っていた。
美人でセンス良く着飾った外見からは想像できない、危うい生活基盤と乱れた食生活。木島さんは同棲するにあたって、不安はなかったのか。
「それぞれ独立した大人なんだがら、自由にしていればいいじゃないという結婚観でした。掃除も洗濯も料理も、やりたい方がやりたいタイミングでやればいい。
互いにどれくらい収入があるという話もしなかったですじ、貯蓄計画も立てていませんでした。
子供を欲しいという願望が僕になかったので、そんな話も出ず。もちろん、彼女からも出ません。」
独立した夫婦関係ゆえ、仕事で終電を逃したとしても、互いに連絡することはしなったという。
ケンカは皆無のタワマン暮らし。ほころびの一端も見えない。
しかし、結婚から2年後、木下さんのスマホに驚きのメールが届く。
「『私は不倫をしています』というメールが届いたんです。差出人は典子でしたが、いたずらだと思いました。」
ところがその日の夜、いつもは遅くとも夜10時前には帰宅する典子さんが、終電の時間になっても帰ってこない。
「結局、帰ってきたのは午前2時前かな。今日はどうしたのと聞くと、ものの10分か15分で、すべて白状しましたよ。他に付き合っている人が二人いる(AとB)と。
そのうちの一人が、もう一人の不倫相手がいることを知り、逆上して典子からスマホを取り上げ、アドレス帳にはいっている連絡先に片っ端から暴露メールを出しまくった。その一人が、夫である僕だったんです。」
典子さんの自白を受けた木島さんは、実に冷静な「対処」を指示する。
「社内不倫は絶対NGなんだがら、もし既に会社の人にバレてしまっているんだとしたら、AとBにムリヤリ関係を迫られたというシナリオをつくらなきゃだめだ。自分には一切非がないないと、周囲の人たちに印象付けろ」
配偶者からの浮気話を聞いて、怒りも悲しみもせず、どうしていられるのだろうか?
「怒りとか悲しみとかの感情を…もしかしたら先送りにしていたのかもしれませんね、僕は。自己防衛本能として。」
木島さんは、その後AとBと話をつけるべく、二人を喫茶店に呼び出した。Aは平謝りで、Bも「お前の奥さんがこうなったのは、お前にも責任がある。だけど、俺も悪いから、今回は引き下がるよ」とのことだった。
これで一件落着かと思いきや、典子さんは二人の男との関係を切らなかった。
あるとき偶然ロックが解除されたスマホを見る機会があり、メールをみると、「何月何日に俺のところに来い!」という二人の要求に、嬉々として応じる様子が残されていた。
木島さんはこれを証拠に典子さんを問い詰めたが、典子さんは地鳴りのようなうなり声をあげて、木島さんに襲い掛かってきた。
「そんな典子の姿を見たのは、9年の付き合いで初めてです。僕から携帯を奪いとろうとする力がとても強くて、驚きました。」
翌日以降、木島さんは悶々とする日々を過ごす。やがて不眠に悩ませられるようになり、精神科にも通うようになった。
「僕は思いました。僕が治るのに必要なことは、環境を変えることだと。それで離婚を決意しました。自己防衛本能ですね。」
木島さんは、典子さんの関係が修復不可能だから離婚を決意したのではなく、自分のメンタルを守るために、離婚を決意した。
木島さんはその足で区役所に離婚届をとりにいき、典子さんに突き付けた。
典子さんは同意し、木島さんの求めに応じて、すぐに家を出て行った。
木島さんは、典子さんとの関係を、こう総括する。
「典子は、僕みたいな男は、タイプじゃなかったんですよ。昔の友人に聞いたのですが、典子のタイプは、才気走った自信満々で、ちょっとイッちゃってる規格外の人。僕とは全く違うタイプ。
にもかかわらず、僕の求めに応じて交際・結婚したのは、僕の押しが普通の人より強く、かつ彼女が普通の人よりずっと、状況に押し流されるタイプだったからです。」
木島さんは現在、再婚している。今の奥さんと典子さんの違いを聞いてみた。
木島さんは、即答した。
「僕のことを好きだってところ、ですね。」
両方に共通することは、「自分が本当に欲しいもの」を求めず、周りの空気感に流されていっていたことだ。
お互いが確固たる自分を確立し、「その人の生き方」を心から好きあい尊敬し合う関係。
それが、シナジーを生みだす、持続可能な、固い絆なのだろう。
個々人が人格として独立し、愛情を媒介として対等に繋がることが、家族の絆であり、ひいては民主主義社会の絆であることは、以下の記事で述べている。
あとがき
いかがだっただろうか。
- 民法の規定、判例が婚姻について、男女が協力して共同生活をし、子を産み育てる関係であると想定していること、
- したがって、そのような関係を欲する意思が、婚姻の実質的意思であること、
- そして実際の結婚生活においても、そのような要素を持つ関係でないと、破綻に至ること
がわかってもらえたのではないか。
婚姻数が減り、離婚率が上がり、少子化が進み、夫婦別姓、同性婚などの新しい問題が浮上している現代。
そのような問題にあなたが対応していく上で、法律上、そしてそもそも論の「結婚って何ぞや」という問いを深めていることは、大きな力になるだろう。
参考文献
僕たちの離婚
本記事で紹介したケースは一部であり、本書にはもっと様々な人々の、様々な離婚経験がつづられている(メンヘラ妻にあたった場合の苦労、一晩に2回イカせるのがノルマだった男の話など)。
あなたの目で離婚のリアルをみて、男女関係ってなんなのか、結婚ってなんなのか、理解を深めて欲しい。
窪田充見『家族法 民法を学ぶ』
この基本書のレビューはこちら↓
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