基礎事情の錯誤の「基礎事情の表示」をどう定義するか決めよう!(判例v.s表示重視説v.s内容化重視説)

オス!ウエノだ!

基礎事情の錯誤について、

  • 要件が整理できていない…
  • 「表示」の定義って何?表示されただけじゃだめなの?
  • そもそも、何で表示が必要とされるのか説明できない

という方はいないだろうか?

そういう方は、司法試験の論文、非常にピンチだし、根本的には「法律ってなんぞや」っていうところが欠落している可能性が高い。

基礎事情の錯誤は、改正を経た重要論点であり、かつ法律を貫く「バランス論」を理解できているかを試す、試金石である。

そこで、本記事では、

  • 基礎事情の錯誤が表意者の利益と相手方の利益をどのようにバランスしているか
  • 「表示」の定義として、判例、学説はどのようなことを言っているのか
  • 百選判例である、最判平成28年1月12日を練習問題として検討

をすることで、基礎事情の錯誤の本質と使われ方をバッチリ解説しているから、ここでしっかり身に着けておこう!

まずは、基礎事情の錯誤のバランス論から。

ウエノ
ウエノ
なお、参考文献は、佐久間 『毅民法の基礎1 総則』、松村秀樹・筒井健夫『一問一答 民法債権法改正』によった。

基礎事情の錯誤とは?表示が要求されるのはなぜ?

基礎事情の錯誤とは、表意者が法律行為の基礎とした事情について、その認識が真実に反する錯誤(95条1項2号)である。

要件がすべて認められれば、意思表示は取消しうるものとなる(同条同項柱書)。

いわゆる「瑕疵ある意思表示」の一つであり、動機→効果意思→表示行為という意思表示の形成過程において、動機にカン違いがあった場合である。

たとえば、XがYから壺を100万円で買い受けるときに、Xはその壺が著名なZの作品だと思っていたのだが、実は別人が作った価値のない物だった場合を考えてみよう。

この場合、Xは、その壺の所有権をゲットしよう、その対価として100万円を支払おうという法律効果(555条)の発生を求める意思、すなわち効果意思はチャンと有している

ところが、Xは、壺が著名なZの作品であると思っていたのであり、動機(意思表示をする理由)に瑕疵(問題)がある。

意思とは、結果について責任を負うことを前提とする自由な意欲であるところ、動機に瑕疵があったにすぎない場合、意思そのものに問題はないから、その結果の責任は表意者が引き受ける(=有効とする)のが民法上の原則である1

そうしないで、無効としたり、取消しできるものとすると、相手方の信頼、取引の安全を害してしまうからである2

もっとも、このような相手方の信頼が常に保護されるべきものとは限らない。

改正前95条のもとで判例は、「動機が表示されて意思表示の内容または法律行為の内容となった」場合には、動機の錯誤による意思表示の無効が認められるとしていた(最判昭和37年12月25日、最判平成元年9月14日等)。

この判例の理解には様々ありうるが、佐久間は上記場合について、単に表示されただけでは足りず、相手方が責任を引き受けても致し方ない事情(帰責根拠)があった場合を指していると解している。

この立場によれば、改正後の基礎事情の錯誤の要件の「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示」(95条2項)も同様に、表意者において基礎事情が表示されただけでは足りず、さらに帰責根拠がなければ認められないものと理解されることになる(後述する「内容化重視説」)。

詐欺・強迫取消しを認める根拠から見る「法律学の神髄」

詐欺・強迫(96条)も、基礎事情の錯誤と同様に瑕疵ある意思表示の一つであり、その効果も「取消しうる」ものとなる点で同じである。

では、詐欺・強迫について、取消しを認める根拠は何だろうか?

  • 相手方がした詐欺については、相手方が欺罔行為をしたという帰責性
  • 第三者がした詐欺については、相手方がその事実を知り、または知りえたという帰責性(96条2項)
  • 相手方がした強迫については、相手方が強迫行為をしたことが帰責根拠として当然に認めうるが、そもそも、それを考慮するまでもなく、強迫をされた者の要保護性がそれ単体で取り消しを基礎づけられるほど大きい。
  • そのため、第三者がした強迫については、詐欺の場合と異なり、相手方が強迫の事実を知りえなかったとしても(善意無過失)、取消しが認められている(96条2項反対解釈)。

このように、利害が衝突する者同士の要保護性を天秤にかけて比較衡量し、どちらかを勝たせるのか(どちらが重いか)を決めるのが、法律である。

上記事例では、表意者と相手方の間で利益衡量をしたが、さらに第三者が出てきた場合もこの考え方で処理していく3

このバランス論は、民法だけでなく、他のあらゆる法律について妥当する普遍的な考え方であり、この感覚を掴むことが法律学を学ぶということであり、法律学の神髄であると言ってよい。

意思表示のところは、相手方の善意とか、民法上の原則はこれで条文上の原則はこのように修正されているとか、その例外はこうだとか、頭の中がゴーヤチャンプルーのごとくゴチャゴチャしてしまうが、要はこのバランス論であることが腑に落ちると、話は単純だ。

趣旨の理解と、繰り返しで体に染み込ませていけばいい。

表示の定義について~表示重視説v.s内容化重視説~

上で、判例がとる判断枠組みには様々な理解がありうるといった。

それは大別すると、

  • 動機が表示されることで、その動機が法律行為の内容となることを認めるのか(表示重視説
  • 動機が表示されるだけでは十分ではなく、さらに具体的な事実を実質的に見て、その事情のもとでその動機が法律行為の内容となったと認められることが必要であるのか(内容化重視説。佐久間

である。

表示重視説とは

表示重視説は、相手方の信頼保護、という点に重点を置く。

すなわち、動機は人の内心であり、他人は通常知ることができないから、これを法的に考慮すると相手方の信頼を害する。

しかし、動機が表示されたのであれば、相手方はその動機を知ることができ、これを法的に考慮しても相手方の信頼を害する程度が低くなる、というものである。

この見解からは、「表示」は文字通り表示されていれば足りる、と考えることになる。

もっとも、後述する練習問題の事例のように、具体的な事情いかんによっては、「表示」がされただけで相手方の信頼保護が十分図れているのかか?というような場合が起こりえる。

そのため、この見解は、錯誤の重要性(95条1項柱書)において、相手方が意思表示の無効という結果を受け入れさせるに値するといえるか(=相手方に帰責根拠が認められるか)という判断をすることになる。

しかし、「重要性」は、①主観的因果関係4、②客観的重要性5で判断するとするのが一般的な理解・判例(大審院大正7年10月3日)であるところ、

  • 相手方の帰責性の判断をこれに置き換えるのか
  • 共に判断することになるのか

佐久間の基本書では明らかにされない(知っている方はコメントくれると嬉しい)。

内容化重視説とは

内容化重視説は、表示重視説と異なり、相手方の帰責性を表示に取り込んで判断しつつ、その帰責性を重要視する見解である。

つまり、内容化重視説は、「表示」されたといえるために、単に表意者が表示をすればいいというわけではなく、それにより相手が同意したといえる場合でなければならないとするのである。

この「同意」のニュアンスとして、内容化重視説の中でさらに2つに見解が分かれる。

  1. 「同意」とは、相手方においても法律行為の基礎となったことであるとする見解(「同意」を文字通りかっちり見る)
  2. 「同意」とは、相手方において、動機の内容を受け入れたとされざるをえなかったといえる場合である、とする見解(帰責性という実質を重視。佐久間)

である。

  1. 内容化重視説1を採ると、「重要性」の定義は、一般的な見解通り、①主観的因果関係、②客観的重要性で判断することになると解される。
  2. 他方、内容化重視説2を採ると、表示(同意)の内容として、当該錯誤が表示の取り消しを認めるべきほどに重要かという、「重要性」で判断されていた判断が、「表示」の判断に入ってくることになる。
    そのため、抜け殻となった「重要性」段階では、錯誤の重要性が低下するような特殊な事情を検討することになる。

ウエノは「表示」をどう定義するか~学者の領分と実務家・受験生の領分の住み分けについて~

判例も、表示重視説も、内容重視説も、結局表示だけでなく、相手方の帰責性をも要求するという点で共通するので、適用場面での影響はそれほど大きくないと考えられる。

内容化重視説内部の違いなら、「なおさら」である。

たしかに、学説により、判例の「動機が表示されて意思表示の内容または法律行為の内容となった」という準則がより明確化されるのは、一般的確実性を確保するうえで必要なことではある。

しかし、上記準則はそれほど抽象的であるとはいえず、具体的妥当性を発揮するために残すべき裁判官の裁量判断の範囲としては、不適切とはいえないだろう。

法解釈における「一般的確実性」「具体的妥当性」という2つの指針

下記記事を参照↓

我妻栄から吸収する法的思考能力!前編:『法律における理窟と人情』

そうであれば、これ以上の深堀りは、学者の領分に足を踏み入れることであり、受験生としては危険である。

ウエノ
ウエノ
学者の書いた基本書を使うことは考える力をつける上で非常に有益であるが、
学者は、実務家と異なり、「自己の体系を確立する」という法適用段階と別の任務があることを、心の隅に置いておこう。

したがって、受験生としては、「表示」の定義として、判例の「動機が表示されて意思表示の内容または法律行為の内容となった」を書き、それ以上具体化する必要はないと考える。

そして、学者の考え方は、その判断準則を導く際の論理に取り入れ補充する、という使い方が妥当である。

論点でどの見解を採るか?の判断基準

論点で、複数の見解(判断基準)があるとき、俺は、

  1. 一般的確実性6を有し、かつ具体的妥当性7が図れる見解を採ることを第一優先とし、
  2. それがどれも同じといえるならば、判例があるならばそれに従う

と決めている。

ウエノ
ウエノ
俺の働いている法律事務所の、元ベテラン裁判官(ヤメ判)も、受験生時代はこのようなプロセスを経て立場決定をしていたといっていた。
もっとも、多くの受験生は、1を経ずに、判例があるならばそれに機械的に従うことを選ぶだろう。

たしかに、とりあえず判例にしたがっとけば、時間がない受験生活・試験では楽だ。

しかし、そもそも判例は絶対的なものではないし、1の段階で悩み抜くことこそ、法律を真に学ぶということであり、実務に出てから日々生じる新しい問題に、柔軟・適切に対応する力を身に着ける道である。

実務を支配する「判例」ってそもそも何なのか?本質と拘束力の根拠をバッチリわかりやすく解説

目先の利益をとるか、自分の頭脳という本当の資産に投資するか、選択するのはあなたである。

練習問題(最高裁平成28年1月12日判決)

引用元:『「反社」ってどういう意味? 暴力団・詐欺グループ 半グレやフロント企業=回答・佐久間一輝 』毎日新聞

題材は、最高裁平成28年1月12日である。

同判例の要旨をざっくり述べると、信用保証協会と金融機関との間で保証契約が締結されて融資が実行された後に、主債務者が反社会的勢力であることが判明した場合において、

裁判官
裁判官
信用保証協会の保証契約の意思表示に要素の錯誤がない

とされた事例である。

その理由は、「主債務者が反社会的勢力でないこと」という信用保証協会の動機は,明示又は黙示に表示されていたとしても,当事者の意思解釈上,上記保証契約の内容となっていたとは認められないというものであった。

以下、この事案を少し改変した練習問題と、それに対する俺の解答例で詳しく見ていこう。

問題

X銀行は、Aが暴力団の経営する会社であるとは知らないまま、Aから融資の申込みを受け、Aとの間で金銭消費貸借契約を締結し、合計8000万円を貸し付けた(以下「本件基本契約」という)。

その際、Xは、Y信用保証協会との間で、本件基本契約に基づき、貸付けにより生じるAのXに対する債務について、Yが連帯保証する旨の契約(以下「本件保証契約」という)を書面により締結した。

本件保証契約当時、Yも、Aが暴力団の経営する会社であると知らなかった。

ところで、本件基本契約・本件保証契約当時から、政府は融機関および信用保証協会に対し、反社会的勢力との関係を遮断するよう監督指針(以下「本件指針」という)を出しており、これをうけてX・Y内部では、暴力団が関係する契約を締結しないようにとの指導が関係各部にされており、Aが暴力団が経営する会社と分かっていれば、契約は締結されていなかった。

本件保証契約後になって 、Yは、Aが暴力団員が経営する会社であることを知った。

Aは本件各貸付けについて期限に返済を行わず、期限の利益を喪失したので、XがYに対し、本件各保証契約に基づき保証債務の履行を請求した。

Xの請求は認められるか、Yの反論を踏まえ論ぜよ。

答案

1 Xの請求

Xは、Yに対し、本件保証契約に基づく保証債務履行請求権(446条)を主張し、Aに貸し付けた8000万円の支払いを請求する。

X・A間の本件基本契約によりAのXに対する貸金返還債務が発生しており、これを主たる債務としてX・Y間で本件保証契約書面によりされているから、この主張は認められる。

2 Yの反論

これに対し、Yは、Aが暴力団の経営する会社であることを知らずに締結した本件各保証契約を、基礎事情の錯誤(95条1項2号・2項)を根拠に取り消すと反論することが考えられる。

これが認められるか。

基礎事情の錯誤の要件は、

  1. 「表意者が法律行為の基礎とした事情についてその認識が真実に反する」こと(95条1項2号)、
  2. 上記錯誤に「基づく」意思表示であり、錯誤が「重要」と認められること(同条1項柱書)
  3. 「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示」されたこと(同条2項)である。

これを本件についてみると、①について、XはYとの本件保証契約の締結時、Aが暴力団が経営する会社でないことを知らず、当該事情を前提としていた。

そうであるにもかかわらず、真実はAは暴力団が経営する会社であったのであるから、これは「法律行為の基礎とした事情についてその認識が真実に反する」にあたる。

②について、上記錯誤に「基づく」ものであり、「重要」といえるかは、その点について錯誤がなければその意思表示をしなかったといえ、かつそれが通常人を基準としても同様である場合を指す。

本件では、本件指針に基づきY内部では暴力団が関係する取引をしないとされており、YはAが暴力団が経営する会社と分かっていれば、本件保証契約は締結されていなかった。

また、政府からの指導に従うのは社会通念上通常のことであり、通常人もYと同様の対応をとるといえる。

したがって、Yの本件保証契約締結にかかる意思表示は、上記錯誤に「基づく」ものであり、「重要」といえる。

③について、Xは銀行であり、Yは信用保証協会であるところ、本件指針により反社会勢力排除の要請が出されていたのであるから、Aが反社会勢力であれば本件保証契約を締結しないことは当然の前提であり、かかる共通認識があったとえる。

そこで、以上のようなプロセスを経て有するにいたって当事者の共通認識により、「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示」されたといえるかが問題となる。

この点について、基礎事情の錯誤において「表示」が要求される趣旨は、基礎事情の錯誤は本来表意者の責任である単独での瑕疵ある意思表示の責任を相手方に転嫁するものであることから、それを正当化する相手方の帰責根拠が必要であるという点にある。

ウエノ
ウエノ
この趣旨を書けるかが、本当に表示の問題を理解しているか否かを分ける

そうであれば、「表示」といえるためには、表意者において単に表示がされただけでは足りず、それが法律行為の内容となったことを要すると解するべきである。

これを本件についてみると、Xは融資を、Yは保証を専門分野といえる営利法人であり、保証契約の締結において、主債務者が反社会的勢力であることが事後的に判明する場合が生じ得ることを容易に想定できたといえる。

そして、かかる場合にYが保証債務を負わないとするのであれば、その旨をあらかじめXとの間で定めるなどの対応をとっていたはずである。

そうであるにもかかわらず、本件基本契約及び本件保証契約にその場合の取扱いについての定めが置かれていないことからすると、主債務者が反社会的勢力でないということについては、この点に誤認があったことが事後的に判明した場合に本件各保証債務を負わないことまで、本件保証契約の内容とするものではない。

したがって、「その事情が法律行為の基礎とされていることが表示」にあたらない。

よって、Yがした本件保証契約締結の意思表示に基礎事情の錯誤は成立せず、Yの反論は認められないから、Xの上記請求は認められる。

以上

あとがき

いかがだっただろうか。

基礎事情の錯誤の「表示」をいかに解するかという問題は、単に判例の文言を使えばいいという単純なものではなく、その背後には、

  • 民法、そして法律全体が、対立する者同士の要保護性のバランス論で成り立っていること
  • このバランス論を考えるうえでの、実務家の領分と学者の領分の住み分け

という、法的思考力を身に着け、実務家として生きていくのにあたり理解を深めておくべき大切な問題が横たわっていることが分かってもらえたのではないか?

ウエノ
ウエノ
法律論としてのバランスを学びつつ、どこまで学ぶかもバランスしなければならないな。広い視野をもって、引き続き勉強を進めていこう!
では、また!

参考文献

  • 佐久間 『毅民法の基礎1 総則』
  • 松村秀樹・筒井健夫『一問一答 民法債権法改正』

この基本書のレビューはこちら↓

歯に衣着せぬ司法試験の基本書レビュー

5 件のコメント

  • 基礎事情の錯誤の要件について質問があります。
    民法の基礎p155では、基礎事情の錯誤の要件として、「錯誤と意思表示の因果関係」がありますが、これは答案で明記する必要はないのでしょうか。

    • もりさきさん、ご指摘ありがとうございます。

      「錯誤と意思表示の因果関係」(事実因果関係)については、「重要」性の要素である主観的因果関係で実質的に判断されると考えます。
      刑法の条件関係である「あれなければこれなし」です。

      これは、以下のように論理式から正当化できます。

      すなわち、主観的因果関係の命題である「錯誤がない→意思表示しない」の対偶は、「意思表示をした→錯誤がある」となり、これも真の命題です。

      そして、「意思表示をした→錯誤である」とは、もりさきさんご指摘の、錯誤と意思表示の(事実的)因果関係に他なりません。

      もっとも、民法改正部会資料83-2・2頁(2)では、「次のいずれかの錯誤に基づくものであって」で事実因果関係を判断するものとされています。
      →https://www.moj.go.jp/content/000126620.pdf

      上記の通り、「重要性」の要素である主観的因果関係で事実因果関係も実質的に判断されるため、この見解は的を得ていませんが、条文上の要件をもれなく拾っているという姿勢を形式にもみせるため、「基づく」という文言も要件として入れておいた方が無難でしょう。

      そこで、要件の「重要性」の箇所において、「基づく」という文言も加えさせていただきました。

      ご指摘ありがとうございました。

      また何かツッコミどころがありましたら、お気軽にコメントください。

      今後ともよろしくお願いいたします。

      • ご丁寧に説明いただき、ありがとうございました。
        非常にわかりやすく、勉強になりました。

        もう一つだけ質問させていただきたいことがあるのですが、答案の最後の、『「表示」といえるためには、表意者において単に表示がされただけでは足りず、それが法律行為の内容となったことを要する』ということは、つまり、「その基礎事情がなければその内容でその意思表示又は法律行為はされなかった」という意味であり、そのことについて、相手方の同意があったかどうか、すなわち、「黙示の同意(民法の基礎p158)」がなされていたかどうか、という流れで論じていく、という解釈でよろしいでしょうか。
        お忙しいところ恐縮ですが、ご回答頂けたら幸いです。

        • 本文で述べた通り、「同意」の有無、内容まで具体化する必要はないと考えます。

          そこまで入り込んでしまうと、「黙示の同意の内容」すなわち、内容化重視説1、2どちらの立場をとるのか、その具体的内容まで論じる必要がでてきてしまいます。

          問題が短文の旧司法試験や、法科大学院のレポートとして時間をかけて書くのなら、それでいいかもしれませんが、本質理解・新司法試験を解くという観点からは、「きちんと制度趣旨が理解できていること」「判例があるときは、その立場がわかっていること」の方が大事です。

          また、仮に、内容化重視説の中で立場決定をしたとしても、本事例において内容化重視説1(同意を重視)、2(受け入れなければならなかったか)どちらの立場であっても、結局Xに帰責性は認めらないと考えられ、論じる実益はないと考えます。

          そのため、『「表示」といえるためには、表意者において単に表示がされただけでは足りず、それが法律行為の内容となったことを要する』の本質が、相手方の帰責性の判断要素であるという立場を示し、それに当てはめるにとどめています。

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