論点
- 設問1…差止めの訴えの要件
- 設問2…裁量基準の合理性
- 設問3…損失補償の可否
裁量基準のところは、行政法で大切な委任規定と行政基準との関係を読み解く力を鍛えられる良問である。
また、損失補償は、判例に囚われず、論理的に具体的妥当性を追求する力を鍛えられる良問である。
問題等
答案
第1. 設問1
1. 抗告訴訟として考えられる訴え
Xとしては,本件命令を事前に阻止するために,差止の訴え(行政事件訴訟法(以下,省略する)3条7項)を提起する。
その要件は,①行政庁による一定の処分がされようとしている場合であって,②重大な損害が生じるおそれがあり(37条の4第1項本文),③その損害を避けるため他に適当な方法がなく(同条同項但書),④原告適格が認められること(同条2項3項)である。
2. 訴訟要件を満たすか
(1) ①行政庁による一定の処分がされようとしている場合
①の要件は,ⅰ差止の対象が特定された処分であること,ⅱそれがなされる蓋然性があることを内容とする。
ⅰについて、「処分」とは、公権力の主体たる国または公共団体がする行為であって、その行為によって直接国民の権利義務を形成し、またはその範囲を確定することが法律上認められたものをいう。
また、「特定された」とは、裁判所に特定可能であることをいう。
本件命令は、Xに対して取扱所移転義務を生じさせることを内容とする具体的なものであって,裁判所に特定可能であるから、「一定の処分」である(ⅰ)。
また,消防行政課の担当者Cが,本件命令を発する予定であることをBに示しており,弁護士Dも本件命令が発せられる予定であることを同課に確認している(ⅱ)
したがって,①の要件を充足する。
(2) ②重大な損害が生じるおそれ
②の要件は,処分後に当該処分等の取消訴訟を提起し,執行停止(25条)を受けたとしても,それだけでは十分な救済を受けれない場合をいう。
これは、37条の42項の要素を考慮して判断する。
本件では,Y市が移転命令を発した場合,ただちに公表される運用が採られている。
これは,執行停止で阻止することのできない瞬間的なものであり,それにより顧客の信用性という「回復の困難」な利益が害される。
したがって,取り消し訴訟を提起し,執行停止を受けたのでは十分な救済はできず,②は充足する。
(3)③その損害を避けるため他に適当な方法がないこと
この要件は、法令上の規定により,特別の差し止め方法が採用されている場合を指す。
本件では,これは存在しない。
(4) ④原告適格
Xは処分の名宛人であることから,問題なく認められる。
よって、訴訟要件を満たす。
第2. 設問2
本件命令を違法とするXの法律論として,①本件基準の不合理性,②危険物政令23条を適用しなかったことのY市の裁量権の逸脱濫用を主張する。
1. ①の構成
(1) まず,Y市長に本件命令の行政裁量は認められるか。
この点につき,行政裁量の有無は,規定の文言および,その性質を考慮して決する。
消防法(以下,「法」という。)12条2項は,本件命令は取扱所の位置等が同法10条4項の基準に適合しないと認めるときになされる旨規定している。
そして,同法10条4項は,その技術上の基準は,危険物政令9条で定めると規定しており、これはY市長に裁量を認めるものである。
その危険物令9条1号ただし書は,「市町村町が安全であると認めた場合」に,「当該市町村長等が定めた距離」を保安距離とする旨規定しているところ、本件基準はこの「安全」性判断の合理性を担保するための、裁量基準である。
(2) 裁量基準は、社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権の逸脱濫用といえる場合は違法である(行政事件訴訟法30条参照)。
そこで、危険物例9条1項但書と本件基準との整合性に妥当性を欠く点はないか検討する。
この点について、危険物令9条1項ただし書の趣旨は,代替的な安全策を講ずれば,保安距離を緩和しても安全性が担保される建物があることに鑑み,負担の大きい移転命令をできるだけ回避しようとするところにある。
①短縮条件は,工業地域において倍数を55と定めているが,そもそも建築基準法上,工業地域について倍数による建築制限が欠けられていない。
これは,工業地域においては危険物から生じる危険が一般住民に及びにくいことを考慮しているものと解される。
そうであれば、工業地域において倍数の基準を設けることは、工業地域であることの安全性を考慮せず倍数を課したものとして,社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権の逸脱濫用が認められる。
また,②短縮限界距離基準は,「防火壁」を設けることを要件としている。
しかし,危険物令9条1項1号ただし書は,「防火上有効な塀を設けること等」を「安全」の例示としている。
これは,防火壁に限らず防火の設備を施されているかを考慮して、安全性を判断する,との趣旨である。
そして,Xは法令で義務付けられた水準以上の消火設備を増設する用意があるのであり,「防火壁」を設けずともその目的は達成できる。
この点で,②の基準は,このような事情を考慮しておらず,上位規範たる危険物令に反する社会通念上妥当性を欠く基準であり,裁量権の逸脱濫用であるから違法である。
2. ②の構成
(1) 危険物令23条は,他の規定によらずとも,市町村長が火災の発生や災害の発生のおそれがないと認めるとき,当該他の規定は適用しない旨規定している。
その趣旨は,他の規定が定める距離制限等によらずとも,科学技術の発展に伴う特殊の構造を有する取扱所等は、安全性が確保されている,との点にある。
(2) Xは,上記のように法令で義務付けられた水準以上の消火設備を増設する用意があるのであり,他の規定の適用によらずとも安全性が確保できる。
よって,この事情を考慮せず,同条を適用しなかったY市長の判断は,社会通念上著しく妥当性を欠くといえ、裁量権の逸脱濫用があり,違法である。
第3. 設問3
1. 判断基準
憲法29条3項を根拠とする損失補償は,公共の福祉による一般的な制限による受忍限度を超え,特定の人に対して特別の犠牲を強いる場合に認められる。
ここの「特別の擬制を強いる場合」にあたるかは,①規制の強度②規制の目的③従前の使用状況を総合考慮して決する。
憲法と同じだよ。
2. 請求の可否
①について,本件命令により,Xは本件取扱所を移転することになり、移転費用を全額負担することになるから,本件取扱所という財産権のはく奪にあたる規制といえ、その強度は小さいものといえない。
そのため、権利者の側に受任すべき特別の理由がなりかぎり、「特別の擬制を強いる場合」にあたると解するべきである。
②についてこれをみるに,本件命令の根拠となる法12条は,その1項において,取扱所の設置後も同令の技術上の基準を維持しなければならない旨規定しているから、「技術上の基準」を維持する責任を設置者に負わせており、用途地域の指定替えにより、距離制限に違反する保安物件が建築されることによる損失負担の危険は設置者に内在しているという見解も成り立ちうる。
しかし、設置者の対処できない事情により損失を負担させるのは、不可能を強いるので妥当ではなく、同条はあくまで設置者が許可(法11条2項)当時の取扱所等の状況を事後的に変更することを禁止している趣旨であると解するべきであり、上記見解は採りえない。
③そして、本件命令は、Y市長による、本件葬祭場の所在地の第二種中高層住居専用地域への指定替えを契機として行われたものであるから、Xが本件取扱所を移転させる等の許可当時の事情を変更させたことにより「技術上の基準」に反する状況を出現させたものではない。
したがって,権利者の側に受任すべき特別の理由はない。
よって,本件命令は,「特定人に対して特別の擬制を強いる場合」にあり、Xは損失補償を請求することができる。
以上
あとがき
判例( 最高裁昭和58年2月18日)は、本件と類似の事案において、損失補償を否定する。
百選の解説や、俺が使っている基本書(大橋洋一)もこれを支持する。
しかし、自分は許可当時となんら変わりなく事業を営んでいたのに、後から突然隣に葬祭場を立てられて、お前の費用負担で出ていけと言われるのは、常識的に考えておかしい。
どんな権威が反対しても、「おかしいな」という感覚を大切に、見失わないようにしよう。
法律の本質は、人情や具体的妥当性を追求することにあるんだから。
以下の二つの記事を参考に、法を扱う者の根本的なスタンスを確認しよう。
参考文献
- 大橋洋一 「行政法 現代行政過程論」
- 百選
この基本書のレビューはこちら↓
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