(2021年5月29日更新:「発展~Yの代金債権のゆくえ~」など)
目次
ややこしい!特定、受領遅滞、履行の提供、危険の移転 の関係
ごきげんよう!かずだ。
- 債権法改正で、持参債務における目的物の特定に「分離」が必ずしも必要なくなった。じゃあ、特定はどう判断すればいいの?
- 特定の要件と口頭の提供の要件ってどう違うの?
- 改正後の受領遅滞の要件効果が整理できてない…
- 債権法改正で危険負担の規定ぶりが変わったのはしってるけど、いろんな箇所に規定されてて整理できてない…
こういう方はいないだろうか?
上記疑問は、「漁業用タール事件」(最判昭和30年10月18日)が解決する。
事案と問題
※説明の便宜のため、一部改変している。
Xは、Yから漁業用タールを金49万5000円分買い受けることを約した(以下「本件契約」という)。
本件契約で定められたタールの受渡しの方法は、以下のようなものであった。
すなわち、Yは、タールを自己が所有する製鉄所構内に2つあるため池A・Bに分けて貯蔵しており、
- YがA・Bいずれかのため池の前に上記代金分のドラム缶を用意し、作業員を配置するなどし準備を整えたならば、その旨Xに通知する。
- 通知を受け取ったXは製鉄所に赴き受領する。
- 代金はXのタールの受領と引き換えに支払われる。
というものである。
Xは契約とともに手付金20万円をYに交付した(以下「本件手付金」という)。
後日、Yは、ため池A前において、本件タールの引渡作業に必要な作業員を配置する等引渡しの準備をし、ドラム缶を準備した上、Xに引き取りにくるよう通知した。
これを受けてXは製鉄所に赴いたが、タールの値下がりを受け、契約を解消したいと思ったので、「タールの品質が悪い」といって受領しなかった。
その後、ため池A・Bにある本件タールすべてが何者かの盗難に遭い、全部が滅失するに至った。
そこで、Xは、 Yに対し、内容証明郵便をもって履行不能を理由に契約を解除する意思表示をしたうえ、本件手付金の返還を求めて訴えを提起した。
下に、本事例の時系列と各種概念の関係図を挙げる。
これでざっくりしたイメージをもってから以下を読むと、理解が深まるだろう(タップで拡大できる)。
特定(論定)→受領遅滞→保存義務軽減による免責→危険の移転という流れを意識してほしい。
答案
Xは、Yに対し、本件契約が解除により無効な行為となったことを理由とする、給付利得返還請求権を主張し(545条1項本文)、本件手付金の返還を請求する。
XはYに対して本件手付金を交付している。
そして、本件タールの全部の滅失により履行不能が生じ、Xはこれを理由とする契約解除の意思表示(542条1項1号・545条1項本文)を行ったのであるから、本件契約は無効な行為となる。
ゆえに、本件手付金の交付は法律上の原因がない給付といえる。
したがって、上記主張は認められる。
これに対し、Yは、Xが本件タールの「履行を受けることを拒み」、受領遅滞が認められるから(413条1項)、567条2項・1項前段による危険の移転により、Xは契約の解除をすることができないと反論する。
このYの主張が認められるには、
①契約の目的物が「特定」していること(567条1項かっこ書き・401条2項)
②買主(債権者)に受領遅滞が生じていること(567条2項・413条1項)
③その受領遅滞が履行不能前に生じたこと
④売主(債務者)の責めに帰すことができない履行不能であること1
が必要である。
そこで、まず、①本件タールに特定が生じているか検討する。
①特定が生じているか
XのYに対する本件タール引渡債権は、一定の種類に属する物の一定量の引渡しを目的とするものであり、種類債権である。
種類債権は、「債務者が物の給付をするのに必要な行為を完了」したときに特定する(401条2項)。
本件契約は、債権者たるXが債務者Yのもとへ目的物を引取りに赴く取立債務であるところ、Yがいかなる行為をしたときに「必要な行為を完了」したといえ、特定が生じるのかが問題となる。
この点につき、現行民法は、契約の内容及び社会通念に基づく契約規範確定という姿勢を反映するものである。
したがって、この観点から、特定に結び付けられた効果を両当事者に与えるのがふさわしいのは、どのような行為がされた場合であるのかを探求するべきである。
そして、特定の効果は、所有権移転、善管注意義務による保存義務の発生(400条)、変更権を行使しうること、危険移転の前提(要件の一つ)となることである。そこで、Yの行為につき、これらの効果が与えられるべきか、1⃣契約の内容および2⃣社会通念に照らし検討する。
これが、新法により必ずしも必要なものとはいえなくなったのである。
まず、1⃣本件契約の内容についてみると、Yのなすべき行為として、ため池A・Bいずれかの前に代金分のドラム缶を用意し作業員を配置することにより、引き渡しの準備を整えたうえ、Xに通知をすることが定められている。
ゆえに、Yが当該行為を完了したならばYとしては引き渡しのためになすべき行為をしたといえるところ、Yはこれを完了していたので、Yの当該行為は契約の内容に照らし何ら問題はない。
次に、2⃣社会通念に照らし検討する。
たしかに、ため池に貯蔵している本件タールについて、いまだ全体から分離されていない。
しかし、Yによりため池A前に代金分のドラム缶が用意されることにより、契約の目的物となる部分は観念的であるものの明確に定まっており、当該部分につき上記特定の各効果を認めても社会通念上不合理とはいえない。
以上から、契約の内容および社会通念上、Yは「物の給付をするのに必要な行為を完了」したといえる。
したがって、上記Yの反論を構成する①特定が満たされる。
②受領遅滞について
受領遅滞(567条2項・413条)の要件は、1⃣履行(弁済)の提供があること(493条)、2⃣受領拒絶または受領不能があること、である。
1⃣ついて検討する。履行の提供は、「債務の本旨にしたがって現実に」するのが原則である(493条本文)。しかし、同条は例外として、弁済の準備と通知による受領の催告で足りる旨規定している(同条但書。口頭の提供)。
本件では、Yは、中等の品質で本件契約の目的物として適合するタール(401条1項)について、代金分のドラム缶をAため池前に設置した上、引渡作業に必要な作業員を配置して準備をしていた。
そして、Xに引き取りにくるよう通知したのであり、これが満たされる。
このように、口頭の提供は「債務の本旨」に従って準備し、通知による受領の催告をなすことを要する。
他方、取立債務の特定は、上記のように債務の内容を契約・社会通念から考察し、特定の効果を踏まえ「必要な行為を完了」したといえるかどうかで見る。この点に、微妙な違いがある。
しかし、債務者が契約で定まっていた債務内容を、ちゃんと履行したのかを見る点は、かなり近い判断だよな。
この異同がなぜ生じるのか、下の表と図をみて、考えてみよう。
弁済の提供(493) | |
趣旨 | 債務の履行のためできるだけの事をした債務者を保護 |
効果 |
|
要件 |
「債務の本旨にしたがって」した、現実の提供、口頭の提供 |
そして、2⃣受領拒絶または受領不能について、タールの値下がりを受け、契約を解消したいと思ったので受領しなかったのであり、受領拒絶が認められる。
よって、②受領遅滞は認められる。
受領遅滞 | |
趣旨 | 債務者が履行の提供をしたにも関わらず、債権者の必要な協力を得られないため履行を完了することができない場合、債権者に負担を課す |
効果 |
|
要件 | 1⃣履行(弁済)の提供があること(492条、493条参照)、2⃣受領拒絶または受領不能があること、 |
③受領遅滞が履行不能前に生じたこと
上記Xによる受領遅滞の後に、盗難によるタール滅失による履行不能が起きているから、これは認められる。
④債務者の責めに帰すことができない履行不能であること
受領遅滞の効果として、特定による400条の善管注意義務から、413条1項に基づく「自己の財産に対するものと同一の注意」への注意義務の軽減がある。
そこで、Yにおいて、上記義務違反がないか検討する。
本件では、タールは何者かの盗難に遭っている。
タールは普段製鉄所のため池に保管してあったのであり、特定後にその保管方法について以前より不注意とみられるような変更はなく、Yとしては自己の財産に対する注意を引き続きしていたうえでの盗難であるといえる。
したがって、Yに413条の注意義務の違反は認められないから、債務者の責めに帰すことができない履行不能といえる。
結論
以上より、567条2項・1項前段の要件が満たされる。
したがって、Xは解除をすることができないから、Yの反論は認められる。
よって、Xの請求は認められない。
発展~Yの代金債権のゆくえ~
上記のように、危険はXに移転しYは解除されないのであるが、それだけでなく、YはXに対し、滅失した本件タールの代金を請求できる。
この場合、Xは代金の支払いを拒むことができないのである(567条1項後段)。
危険移転の効果は、債権者(買主)が履行不能のリスクを負担するということである。
すなわち、債権者は、
この2つを覚えておこう。
すなわち、YはXに対し、本件契約に基づく代金支払請求権を主張し、代金49万5000円から受領した手付金20万円を差し引いた29万5000円の支払い請求を、反訴(民事訴訟法146条)として提起する。
主張立証責任の構造としては、
- 請求原因(Y):本件契約(代金は手付を考慮)、よって支払え
- 抗弁(X):Yの本件タール引渡し債務は履行不能だから債務者Yが危険を負担する(536条1項)、
または、履行不能に基づく解除による代金債務消滅(542条1項1号) - 再抗弁(Y):上記567条2項・1項の危険の移転
(特定、受領遅滞の事実、受領遅滞が履行不能の前に生じたこと、それがYの責めに帰すべき事由でないこと)
となる。
この論点は、↓で詳細に論じている。
なお、以上の危険の移転の条項は、売買契約の規定(特則)であるが、債権総論や契約総論のところにある条項を組み合わせることによっても、同じ結論を導くことができるから、覚えておこう。
売買以外の契約類型で応用できる。
すなわち、413条の2第2項は、①受領遅滞、②履行の提供後の当事者双方の責めに帰すことができない事由での履行不能という要件が備わったとき、その履行不能は債権者の責めに帰すべき事由とみなすと規定している。
これがベースとなる。
- これを踏まえ、債権者からの解除の主張を否定するには、債務者は、543条を主張すればよい。
→給付危険の負担 - また、債務者が代金請求をしたときは、債権者は536条2項前段により反対給付を拒むことができない。
→対価危険の負担
「取立債務=特定には分離が必要」という機械的思考はもう通用しなくなったな。新法になることで、このような変更が多数生じ、暗記ではない本物の法的思考力が要求されるようになるだろう。嬉しい限りだ。ではまた!
参照資料
- 潮見佳男「基本講義 債権各論Ⅰ(第3版)」
- 潮見佳男「プラクティス債権総論(第5版補訂版)」
- 百選本判例解説
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