【付随的制約って何?】猿払事件(最判昭和49年11月6日)の間違いをハッキリ理解しよう!

突然だが、憲法で、「付随的制約」って言葉がでてくるが、ちゃんと理解できている自信はあるかい?

  • 付随的制約の定義はいえるだろうか?
  • どのような判例で用いられたかいえるかい?
  • どのような場面で用いられるかわかるかハッキリわかるかい?

ギクッとした方は、択一で出たら間違える可能性があるし、論文試験では問われたとき書けないだろう。

付随的制約は、

  • 公務員の政治的表現で主に問題となり、我が国はこの分野において諸外国と比べ公務員に対する締め付けが強く、実務上大きな問題をはらんでいる論点である
  • 以前の最高裁の付随的制約の理解には多くの批判があった(猿払事件・寺西判事補事件)
  • その結果、実質的な判例変更が行われた(堀越事件)

という特徴を有する、試験対策上も実務上も重要な論点なのである。

だから、今回の記事を読んで、付随的制約についてバッチし押さえとこう。

なお、参考文献は以下によった

  • 安西 文雄 ・ 巻 美矢紀 ・ 宍戸 常寿「憲法学読本」 
  • 芦辺 信喜「 憲法」 
  • 高橋 和之  「立憲主義と日本国憲法」 

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歯に衣着せぬ司法試験の基本書レビュー

付随的制約とは

まず、そもそも付随的制約とは何か理解しておこう。

内容規制と中立規制

まず前提知識だが、表現に対する制約は、①表現内容規制、②表現内容中立規制という二つに分類して説明がされることは知っているな?

付随的制約を理解するには、この区別がまず重要なので、ここから確認していこう。

表現内容規制は、国家権力が特定内容の表現をターゲットに、参入を禁止したり不利に扱ったりするもので、その内容の表現が言論市場から締め出されてしまうことになるし、
また権力者が自己の都合の悪い表現内容を規制したのではないかという疑いの余地がある。

ゆえに、原則として厳格な基準での判断が要請される。

補足説明:内容規制の区別

表現内容規制を細かくみると、もさらに2つに分類される。見解規制と、主題規制である。

以下、高橋和之著 「立憲主義と日本国憲法」から引用する(太字はかずが付した)。

「内容規制にも,様々な立場・見解・観点がある中で特定の立場・見解・観点のみを禁止するという『見解規制』と,特定の主題につき,その主題に関してどのような立場を採るかとは関係なしに,その主題を内容とする表現を禁止するという『主題規制』とがある。

たとえば,選挙に関する表現を禁止するのは,主題規制であり,野党候補を支持する表現を禁止するのは,見解規制である。」

「見解規制は,特定の立場を公的議論の過程から排除するもので,自己統治・民主政治の理念に反するし,政府が自己に都合の悪い表現を抑圧する危険性も大きいから,きわめて厳格な審査が必要となる。」

「これに対し,主題規制は,特定主題を公的討論の場から全面的に排除してしまう場合には,見解規制と同じ問題をはらみ,厳格な審査が必要であるが,
時・場所・態様規制と結合してなされる場合には,公的討論の場に向けて表現する他の回路が開かれている限り,内容中立規制の場合と同様に考えることができよう。

たとえば公衆の目に触れる場所でのポルノ表現を制限する場合などが,その例である。」

他方、表現内容中立規制は、特定の参入態様を制限するにすぎず、
表現の他の回路が存在することが通常であり、
また、権力者が都合の悪い表現を規制しているのではないかという疑いも小さい。

ゆえに、内容規制よりも緩和した基準が用いられることが許容される。1

もっとも、抽象的で緩やかな基準で足りるとすると、美観や財産権の保護を理由とする公共の福祉論により簡単に合憲とされてしまい、表現の自由の優越的地位が顧みられない(最判昭和62年3月3日・最判昭和59年12月18日・最判平成20年4月11日)。

ゆえに、中立規制に対しては、言論市場への影響度合いを実質的判断をすべきであり、通常審査(厳格な合理性の基準)が妥当する。

具体的には、①立法目的が重要で②手段が立法目的達成のために関連性を有するかを、それぞれ具体的・実質的に判断すべきである。

かず
かず
「具体的・実質的」とは、法令の文言を抽象的に審査するだけでなく、千差万別である具体的適用場面においても、それがあてはるのかをみろ!ということである。緩やかな基準より、裁判所がより前面に出てくるわけだな(=立法裁量が狭い)。
これを高橋は、「憲法が裁判所に期待する役割に対応する独自の観点から立法事実を具体的に検討して結論を出し理由付けを行う」と表現する。この裁判所の役割って「少数者の人権保障」であろう。

この視点が、今回の付随的制約の検討においても効いてくる。

付随的制約の内容と位置づけ

さて、今回問題となる付随的制約とは、表現行為の規制を直接の目的とするものではない規制を指す。

たとえば、交通の円滑という目的のために、道路に座り込むという行為を禁止する規定があるとする。

交通の円滑という目的は、少なくとも建前上は、表現行為を規制しようとするものではなく、また道路に座り込むという行為は、それ自体は表現行為とはみなされない。

しかし、この規定が、政府の政策を批判するために座り込みをしているデモ隊に対して適用される場合、これは表現行為と無関係といえるだろうか?

この場合、座り込みという行為は、政府の政策を批判するという表現としての意味を持っている(行動を伴う言論)。
そして、そのような表現行為に対し規制を行うことは、表現に対する事実上の制約(時・所・方法の制約)となる。
これを、付随的制約というのである。

この表現としての性質を有する座り込み行為に対し、表現ではないとして形式的に、抽象的な緩和した審査基準が適用されてしまうと、不当に表現の自由が抑圧されてしまう危険が高い。

そこで、表現の自由に対する付随的制約が認められる場合、当該規制と目的との関連性を実質的・具体的に審査する必要があるのである。

かず
かず
このように、付随的制約の場合、規定自体は表現の自由との関係では問題なく、その適用場面で表現の自由への制約が問題となるのである。

つまり、付随的制約の合憲性は、適用違憲という形で検討することになる。

補足説明:「隠れた目的」

上記例で、本来の「交通の円滑」とは表面上で、実際には「政府を批判する行為をやめさせる」という隠れた目的のために同規定が制定され、またもっぱらデモ活動に対して用いられている場合を考えてみよう。

この場合、直接表現行為を狙い撃ちにした規制なので、付随的制約でなく実質において直接的制約である。

また、「政府批判」という特定のメッセージに着目した内容規制(しかも見解規制)でもあるから、思想の自由市場への影響が非常に大きく、規制の強度はかなり強い。

ゆえに、最も厳格な審査が妥当する。

付随的制約に対する審査手法

このように、付随的制約は、本来表現とはみなされない行為に対して表現とは関係ない規制がなされている場合において、当該行為に表現としての性質があるものが含まれるときに、その表現としての実質に着目した審査を実現しようとするものなのである。

この理念を実現するため、アメリカの判例では、オブライエン・テストという審査方法が考案された。

これは、行動を伴う言論の規制について、

  1. 立法目的が重要な利益を促進するものであり、
  2. かつ当該目的が表現の自由の抑圧と関係がないこと
  3. 表現の自由に対する付随効果が立法目的の達成に必要な限度を超えないこと

を審査するものである。

かず
かず
通常審査の基準と、趣旨も文言も似ているよな。見比べてみてほしい。

このように、付随的制約論は、本来、行動を伴う言論に対する規制が、緩やかな基準で審査されないようにするものなのである。

しかし、オブライエン・テストは、アメリカにおいて実際には、立法目的と規制手段とは合理的に関連していればよいという形式的な形で審査が行われるよう運用されたため、表現の自由の保障に有利に働くことはあり得ない基準だと批判された(芦辺)。

また、そもそも付随的制約がどのようなものが曖昧であったため、日本では付随的制約ではないものが付随的制約とされ、不当に緩和した基準が適用されるようになってしまった。

この間違った傾向は、今回学ぶ、郵政省職員の政治的活動の自由が問題となった猿払事件、また裁判官の政治的活動の自由が問題となった寺西判事補事件において現れる。

以下、猿払事件判決を槍玉にあげ、その不当な緩やかっぷりを見ていこう。
そのあと、批判に移る。

猿払事件の事案

被告人は北海道猿払村の郵便局に勤務する事務官であり、全逓信労働組合稚内分会執行委員・同労働組合事務局長を務めていた。

被告人は非管理職である現業公務員であり、その職務内容が機械的労務の提供にとどまっている。

被告人は昭和42年の衆議院議員選挙に際し、同協議会の決定に従い、日本社会党を支持する目的でもって、同党公認候補者のポスター6枚を自ら公営掲示板に掲示したほか、同ポスター184枚の掲示を他に依頼して配布した。

なお、被告人の上記行為は、勤務時間外に、国の施設を利用することなく、かつ職務を利用しその公正をを害する意図なく行ったものであった。

被告人のした本件行為が国家公務員法102条1項・人事院規則5項3号・6項13号が禁止する「政治的行為」にあたるとされ、被告人は国家公務員法110条1項19号を根拠に起訴された。

国家公務員法

(政治的行為の制限)
第百二条
1項 職員は、政党又は政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らの方法を以てするを問わず、これらの行為に関与し、あるいは選挙権の行使を除く外、人事院規則で定める政治的行為をしてはならない。
 
(罰則)
第百十条 次の各号のいずれかに該当する者は、三年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。
十九号 第百二条第一項に規定する政治的行為の制限に違反した者
 
人事院規則
 
(政治的目的の定義)
5 法及び規則中政治的目的とは、次に掲げるものをいう。(略)
三 特定の政党その他の政治的団体を支持し又はこれに反対すること。
 
(政治的行為の定義)
6 法第百二条第一項の規定する政治的行為とは、次に掲げるものをいう。
十三 政治的目的を有する署名又は無署名の文書、図画、音盤又は形象を発行し、回覧に供し、掲示し若しくは配布し又は多数の人に対して朗読し若しくは聴取させ、あるいはこれらの用に供するために著作し又は編集すること。
 

第一審、第二審は、110条1項19号は、被告人の行為に適用される限りにおいて憲法21条・31条に反するため、無罪と判示。
これに対して検察官が上告した。

最高裁の判断

裁判官
裁判官
政治行為は、行動としての面を持つほか、政治的意見の表明としての面を有するものであるから、憲法21条による保障を受ける。

公務員の政治的行為を禁止することは、それが合理的でやむを得ない限度にとどまるものである限り、合憲である。

この判断は、①禁止の目的、②この目的と禁止される政治的行為との関連性、③政治的行為を禁止することにより得られる利益と禁止することにより失われる利益との均衡という3つの点から検討する。

裁判官
裁判官
本件では、

①行政の運営の中立的な運営とこれに対する国民の信頼を確保する目的は正当である。

②また、行政の中立性を損なうおそれが認められる政治的行為を禁止することは、禁止目的との間に合理的関連性が認められる。
この関連性は、公務員の職務の具体的な態様を考慮してなくとも失われるものではない

③本規定は、政治的行為に内包される意見表明そのものの禁止を目的とするものではなく、その行動のもたらす弊害の防止をねらいとして禁止するものであり、付随的制約にとどまる。
ゆえに、行政の中立的な運営という利益は、禁止により失われる利益よりも重要であり、利益の均衡を失するものではない。

として、検察官の上告を容れ、1審、2審を破棄した。

かず
かず
目的審査も手段審査も、緩やかだな~

批判~実質的にみろ!~

1 本件規制の規制類型について

まず、本件規制の規制類型を判断する。

この点、上記最高裁の判断③は、本件規制は、人事院規則で定められた特定の行動を禁止するものであり、その目的は当該行動のもたらす弊害の防止という表現とは直接関係のないものであるから、同行為の政治的意見表明の側面に対する影響は付随的であるとする。

しかし、そもそも人事院規則で定められた行為は、特定の政治的意見表明をその表現方法に着目して類型化されたものであるので、全体として表現の性質を有しており、純粋な行動という側面と表現の側面は分けて考えられるものではない(高橋も、「政治的行為は‥通常は表現行為として理解されており」としている)。

ゆえに、当該行為に対する制約は、行政の中立性を確保するという目的のもと、行政の中立性を害する表現へ向けられた直接的な制約であるから、付随的制約ではない。

また、本規制の行政の中立性確保という目的は、政治的行為が有する党派的偏向という表現のメッセージ性に着目たものなので、表現内容規制である。

2 判断枠組みの定立

(1) 規制の重大性

表現内容規制は、特定の思想が思想の自由市場へ参入することを阻むものであるから、影響は大きい。
また、本件規制に反すると行政処分でなく罰則が科せられる。
ゆえに、厳格な基準により合憲性を判断すべきとも思える。

もっとも、本件内容規制は、少なくとも建前上は、「政治的表現」という特定の主題につき,その主題に関してどのような立場を採るかとは関係なしに、その主題を内容とする表現を禁止するという『主題規制』である。

かず
かず
自民党を応援する政治的行為への規制が問題となった判例を見たことがない(ホントは『見解規制』としたい)

また、人事院規則により特定の政治的行為を限定列挙し、「方法の制約」としての側面も有しており、これにより政治的意見表明する他の回路が開かれている。

ゆえに、本件規制は見解規制と比べ、思想の自由市場への影響はさほど大きいとはいえない。

かず
かず
上述高橋引用部分の中の、「主題規制で方法の規制と結合し、かつ他で表現する回路が開かれている場合」だな。

(2) 権利の重要性

他方、本件政治的行為の権利の重要性を見ると、政治的表現の自由は自己実現の価値を有するだけでなく、立憲民主制の政治過程にとって不可欠の基本的人権であって、重要な権利である。

そして、公務員であっても「国民」(憲法第3章 標題)であって、この重要性は異なることはない。

かず
かず
公務員という地位は後国家的なものであり、自己実現・自己統治という表現の自由の根拠と無関係であるから、公務員の地位の特殊性は、表現の自由の重要性を低下させるものではなく、公益(規制目的)の重要性で考慮されるべき事柄である(青少年に対するパターナリズムと対比)。

(3) 審査基準

以上のように、本件政治的行為の自由は重要であるが、本件規制は内容規制であるものの思想の自由市場への影響が限定的であることを踏まえると、本件規制の合憲性は、

1⃣立法目的が重要な利益を促進するものであり、かつ2⃣目的と手段に関連性があることを、それぞれ具体的・実質的に審査すべきでである。

これに対し、上記最高裁の判断は、①で目的を表現の自由との関係性を問わずに「正当性」で足りるとし、また②③で、目的と規制行為の関連性は抽象的に認められれば足り「公務員の職務の具体的な態様を考慮してなくとも失われるものではない」とするものであり、
本件自由の重要性と規制の強さを見誤り(目をつぶり)不当に緩やかな基準を設定したものであるから、失当である。

3 個別具体的検討

1⃣まず本規定の目的をみる。

この点、本規定の目的は、「本来政治的中立性を保ち一体となって国民全体に奉仕すべき行政組織内部に、党派的偏向による政治的対立をもたらすことを防止する」というものである。

政治から行政へのスムーズなトップダウンの意思疎通は民主主義にとって重要であるから、この目的は重要である。

2⃣次に、目的と手段との関連性を実質的にみると、本件被告人は非管理職である現業公務員であり、その職務内容が機械的労務の提供にとどまっている。

さらに、被告人は本件行為を、勤務時間外に、国の施設を利用することなく、職務とは関係ない組合の決定に基づく行為として、行政の公正をを害する意図なく行ったのであって、これは実質的に行政の中立性を害しない行為である。
ゆえに、目的と手段との関連性を有しない。

よって、本件行為のような政治的行為を刑罰の構成要件とする、国家公務員法102条1項・人事院規則5項3号・6項13号は、公務員の政治活動の自由を侵害するものであり、違憲・無効(憲法98条1項)であるから、被告人は無罪である。

かず
かず
本来は、このように違憲無効として、禁止される政治行為を限定する立法をさせるべきなのであるが、日本の司法消極主義(できるだけ憲法判断を回避しようとする)はこの結論を許さないだろう。

だから、次の堀越事件のように、合憲限定解釈を試みて、法令違憲を回避して法的安定を保ちつつ、当該事案における具体的妥当性を図り、長期的な視野で改正を待つのが現実的な落としどころであろう。

堀越事件(最判平成24年12月7日)パターン~合憲限定解釈による実質的判例変更~

引用元:国公法弾圧堀越事件中央区の会が東京高裁判決報告集会

堀越事件についての概略は、ここがよくまとまっているから、必要ならば参照してくれ。

以下、同判例の合憲限定解釈にならって、猿払事件について判断する。

【上記答案2(3)以下から】

上述のように、本件規制は純粋な見解規制ほど強い規制ではないものの、内容規制であることは変わりなく、また、違反者には刑罰という重大な不利益が課せられる。
他方、政治的表現の自由は立憲民主制の政治過程にとって不可欠の基本的人権であって重要であり、それは公務員という性質によりいささかも変わらないことは十分考慮されるべきである。

したがって、目的と禁止行為とが抽象的に関連していればよいとする基準を用い得るのは妥当ではなく、具体的・実質的な関連性を要求し本件規制の合憲性を審査すべきである。

そして、本件規制の目的は行政の政治的中立性確保にあるのだから、「政治的行為」とは、公務員の職務の遂行の政治的中立性を損なうおそれが、観念的なものにとどまらず、現実的に起こりえるものとして実質的に認められるものを指すと解すべきである。

このように解したとしても、一般の公務員の「政治的行為」の理解としてさほど困難とは言えず、許容される。

かず
かず
合憲限定解釈の限界、憲法31条の明確性の限界は、「通常の判断能力を有する一般人にとって理解できること」であったな(最判昭和50年9月10日ー徳島県公安条例事件)。

無限定ではないのであるから、余裕があるなら一言許容性を示そう。

これを本件についてみると、

【ここから上記3の2⃣と同様に実質的に本件行為を検討】

よって、本件行為は、本件規制にかかる構成要件に該当せず、被告人は無罪である。

かず
かず
このように、堀越事件は、上記猿払事件とは異なり、具体的状況に応じた実質的判断をしており、実質的な判例変更がなされたとされる。

そして、上述のように猿払事件も実質的判断すれば無罪となった可能性が高く、そうすると、猿払事件の被告と堀越さんは、法の下に平等(憲法14条)とはいえない。

この点をごまかそうとしたのか、千葉勝美裁判官は、堀越事件判決補足意見において、必死に本判決が猿払事件とは矛盾がないことの説明を試み、めちゃめちゃなことをいっている(笑)。

まとめと「ベン図」について

いかがだっただろうか。
猿払事件の付随的制約の使い方がどう間違っているかまとめると、

  1. そもそも本規定は直接表現を制約するものであり、付随的制約ではない
  2. 政治的表現の権利の重要性や規制の強さを鑑みることなく、付随的制約を言い訳に不当に緩和した基準を適用した
  3. その結果、本来無罪とすべき被告人を有罪とした

という誤りがあるのである。

法を学んできたあなたなら、本判決の論理や結論に違和感を持っていたと思うが、具体的にどこが間違っているのか指摘するのは、難しかったのではないだろうか。

これを救うのが、今回の記事で俺がめっちゃ使った「ベン図」である。

ベン図は、視覚的に論理をハッキリさせることができるから、法律を勉強する上でめっちゃ便利。
今回の猿払事件のように、論理をすり変えて読み手煙に巻こうとする手は通じない。

ベン図は、法科大学院卒入試で必須だった適性試験(もう廃止された)の試験勉強で学んだ。

適性試験は色々叩かれたけど、そこで得たスキルはかなり役立ってる。

廃止したやつ、わかってないなぁ~

この記事で用いた参考文献

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