【悲劇のストーリーを書き換えろ!】ビジョン心理学セミナー「家族とリーダーシップ」体験記~中編:相互依存への船出「アカウンタビリティとは」~

こんにちは、こんばんは、かずです。

前回の記事では、僕たちが相互依存(共同創造)という人生の楽園に到達するための、海図をお示ししました。

【悲劇のストーリーを書き換えろ!】ビジョン心理学セミナー「家族とリーダーシップ」体験記(前編:相互依存への海図)

そしてあなたは自分自身に向き合い、投影の取戻しをして、一方的な要求・憎しみ・罪悪感という名の余計な荷物があることに気づき、それらを海に投棄しました。

自分に向き合うのは簡単ではなかったはずです。よくがんばりましたね。

もうすでに、地球を縦横無尽に吹きまわる海風を頬に受け、自由の爽快感を感じられているはずです。

さあ、準備は整いました。あとは、その風を常に捉え、真っすぐ進み続けることだけです。

風は色々な方向から吹いてきます。だけど、進むべきところは決まっています。

だから、進むと決めればいいのです。

そう、相互依存に到達するために必要な、最後のレッスン。

それが、コミットメントです。

コミットメントとは何なのでしょうか。それが、リーダーシップとどのような関係があるのでしょうか。

かず
かず
ハワイにいるチャック先生に聞いてみましょう。先生~

リーダーシップは困っている人たちに反応するということであり、助けようとする意欲です。

リーダーシップは、前に進む道を見つけるために、外側に出ているサインを読み、内なるインスピレーションに耳を傾けることです。「ア・コース・インミラクルズ」も言っているように、もしも私たちに助ける意欲があれば、周囲の助けを求める声が聞こえるでしょう。助ける意欲があれば、その助けを求める声に気づいて、目の前に立ちはだかるどんな問題を超えて前に進むことができるでしょう。

問題の本当の目的は、こうした声が聞こえないように、私たちの邪魔をすることです。

内側からであろうと、外側からであろうと、何が私たちを引き止め、脅し、攻撃しようとも、それによって決してひるむことがないと決めれば、だれが私たちの助けを必要としているかに気づき、その人たちに応えることができます。

そうした人たちに手を差し伸べようとするとき、私たちは自分の問題を超えて進むことができます。

『幸せな子ども時代を取り戻すのに遅すぎることはない』チャック・スペザーノ、37頁

かず
かず
なるほど、助ける意欲に基づき、決してひるまないと決めること、ですか。よくわかりました!本当にありがとうございました!
(うーん、わかったようなわかんないような…)
  • 何でそのように決めることが大事なのでしょうか?
  • 助けるっていったって、どうやって助けたらいいんでしょうか?自分が人を助けられるような能力を持っているんでしょうか?
  • 助けるための決断ってどうやればいいのでしょうか?

 もうチャック先生は眠ってしまわれたようだし…う~ん。

あっ、今回のセミナーで、英彰先生と真美先生が、説明してくれてました!

思い出しました!

今回のセミナーを踏まえ僕がコミットメントを定義するとすればコミットメント」とは、誰かのための役割ではない、真実の自分を選び取るという決断です。

このような認識は、以下のようなステップを経てたどり着いたものでした。

  1. アカウンタビリティを受け容れる
  2. 家族の役割を理解する
  3. 真実のギフトに気づく
  4. 過去のストーリーを手放す
  5. 男女間の真実のパートナーシップの世界への導入

みなさんにもシェアして分かち合いたいと思います。

しかし、パートナーシップ・リーダーシップについて学ぶためには、そのような段階にいる人に実際に接して、具体的なイメージを持つのが手っ取り早いし、誤解がなく確実なのです。

英彰先生と真美先生が、それを文字通り体現してくれたのが、今回のセミナーの一番の収穫でした。

かず
かず
今回は僕は台風の影響を懸念して、オンライン参加だったのですが、英彰先生と「美人に家の縁側で膝枕されながら耳かきされたいよね」と共感できたのが一番の思い出です 笑

人は愛によってでしか愛を悟れません。そしてそれは、対面することによる効果が大きいのです。

なので、今回僕がみなさんに文字という形でお伝えするのは、あくまでセミナー内容の概略だと思っていただきたいですし、実際にそうです。

この道に興味を持っていただいいてるのであれば、一度の人生、ご自身の肌で感じられることをお勧めします。

しかし、僕も本記事において全力で、愛をもって、読みたいと思ってくれたあなたの声に応えようと思いますので、ぜひ最後まで読んで、一緒に相互依存の楽園で祝杯を交わしましょう!

アカウンタビリティ(選択責任)を受け容れる

まず最初のプログラムは、アカウンタビリティという概念のレクチャーでした。

アカウンタビリティは、日本語では一般的に「責任」と訳されます。

責任という漢字にすると、非を責めるようなニュアンスがでてしまうのですが、それとは真逆の概念です。

アカウンタビリティの真の意味は、あなたには「選択する自由がある」ということです。
どのような道を選ぶかはあなたに完全に委ねられていて、その選択の結果は自分が招いたものなのです。

このような、どのような結果であれそれを選んだのは究極的には自分なのだと受け入れることが、ここでいう責任の意味なのです。

そのため、「選択責任」といえば、本来の意味をより正確に表すことになるでしょう。

では、このアカウンタビリティを受け容れることが、どうしてコミットメントに不可欠なのでしょうか?

相互依存へ行こうとする私たちの足を引っ張る罪悪感は、あなたの「愛されていない」という幼い頃家族の中で膨らませた、最初の誤解から生じたものでしたよね(被害者意識の形成)。

そして、それによる「愛を求める叫び」が攻撃の正体であり、そのパターンは大人になってからも繰り返し繰り返し、癒されるのを待って生じるのでした(転移・投影)。

ここからの抜け道が、許しです。

許しとは、

  • ①誤解に気づき、②これまでと違う選択をすることであり、
  • 何が起ころうとも愛からの認識に寄って立つと決断することであり、
  • 自分の問題にとどまるよりも、それを使い自分と他者を助けることを選ぶこと

です。

それが、コミットメントです。

被害者意識選択責任
辛いけど居心地がいい恐いけど乗り越えるとパワーを取り戻す
「できない」(絶望)「できる」(希望)
学ばない(他人と自分を責める)学ぶ(改善する)
攻撃許し

人生は、私たちの絶え間ない選択の結果です。私たちが物事に対する見方を変えれば、私たちのパターンも変わります。

選択は、私たちが自らの目的を生きるためにするのか、もしくはそれから逃げるためにするのかのいずれかなのです。別の言い方をすれば、光の方向に向かって行くのか、暗闇に向かって行くのか、ということです。

私たちは自分の体験に責任があるのです。そしていつも、新しい選択をすることができます。

そして、選択が一つの波を超えることだとすれば、コミットメントは波の連なりを超え続けることです。

しかし、コミットメントは苦行や我慢ではありません。コミットメントの度合いだけ、物事は簡単になり、自由を感じます。
チャンスが増え、道がスムーズになり、障害や困難さがきえます。

自らのアカウンタビリティを受け入れると、自分を責めることを含めたあらゆる人に対する非難を手放すことができ、容易に新たな選択ができるようになります。

アカウンタビリティの自覚は、相互依存へ海路で必要となる、自他を助けようとする意志の土台となるものなのです。

聖霊という概念~『愛への帰還』より~

引用:聖霊 wiki

コミットメント(意思の力)で選ぶ先。愛と繋がる方向。

ウイリアムソン・マリアン著『愛への帰還』によれば、それは聖霊という存在の導きによるもののようです。

以下、同書第3章「あなた」4「聖霊」を要約したものをご紹介します。

心そのものは中立的なものです。それは神によって与えられた力であり、私たちの創造性です。そして、その創造性ををどういう方向に使うかは、私たち一人一人の責任に任されているのです。

とすれば、自分の思いに責任を持つとは、自分の人生に責任を持つということです。それは、神様に私たちの人生を救ってくださいと祈ることであり、神様に私たち自身の否定的な思いから救ってくださるようにと祈ることです。

神だけが存在し、それ以外のものは全て幻想なのですから、愛がないことによって生じる結果はエゴの幻覚の中で起きているに過ぎないということになります。

罪とは、エゴの幻想に基づく誤解のことであり、つまり愛のない認識のことです。このように、一応の定義は可能なのですが、罪と言うのは実際には起きていないのですから、神は私たちの罪に対して怒っているということはありません。

神は、私たちを罰したいのではなく、癒したいのです。そして、神が私たちを癒すとき、聖霊という名の意識の力を使います。

『コース』によれば、聖霊とは、「目覚めよ。そして喜びに溢れよ」という呼びかけのことであり、それは最初の恐れに満ちた想いが抱かれたその瞬間に、同時に創造されたものです。

神は、私たちが愛に戻っていくように強制することはできませんでした。なぜなら、愛は強制しないからです。

神は、強制の代わりに、選択肢を創造します。聖霊は、恐れに対する神のもう一つの選択肢です。

聖霊は、神と分離された子との永遠のコミュニケーションであり、偉大なる認識の変換機であり、「慰める者」です。

聖霊とは、私たちの中にある意思の力であり、私たちが意識的に依頼するときは常に、因果のレベルで私たちに協力して、私たちを地獄から救い出してくれます。聖霊への依頼が無駄になることはありません。

聖霊は神によって創造された現実であり、私たちのコンピューターに組み込まれている、救いのシステムだからです。

聖霊は異なった現実認識へと私たちを導いてくれます。それは、愛に基づいた認識です。私たちの認識を聖霊は正してくれますが、それは「贖い」(あがない)と呼ばれます。

聖霊は、私たちに思い出させてくれます。私たちが与えた愛はいかなる状況であっても実在するものであり、私たちが受け取った愛は実在するものである、ということを。

それ以外には、何も存在しません。この幻想から逃れ、内なる安らぎを得るために、いかなる状況においても愛だけが実在するということを思い出して下さい。

それ以外のものは全て間違いであり、存在しません。それは忘れなければなりません。そういうものは、意識的に手放さなければならないのです。

私たちが気楽に安住できる場所は、愛することが容易な、制限された領域です。聖霊の仕事はこのような場所を尊重することではなく、破壊することにあります。

どのような場所でも居心地が良いという体験ができるまでは、山頂には到達してないのです。愛は、無条件でなければ愛ではありません。私たちは、完ぺきな愛を体験するまでは、本来の自分を体験していないのです。

聖霊は、幻想の中に足を踏み入れ、私たちを幻想のかなたに連れ出してくれます。

聖霊は愛を活用して、さらなる愛を想像し、恐れに対しては「愛を求める叫び」であるとして反応します。

ホロコーストは、神の意思ではありませんでしたし、エイズもそうではありません。いずれも恐れの産物です。

しかしながら、聖霊をこのような状況に招きいれると、まさにそうした状況を地球上から根絶できるほどの愛のレベルへと、私たちを成長させる理由ないし機会として活用します。

このような状況は、私たちがかつて愛していたレベルよりも、さらに深く愛するようにと私たちに挑戦状をたたきつけるのです。

エゴ(恐れ)に対する聖霊の概念について説明がなされている、重要箇所です。

僕には、聖霊が、魂を取り巻く竜を討伐する、勇者のように思えました。

ビジョン心理学では、ハイヤーマインドのことを聖霊と定義しています。それは、神と私たちとの仲介者という立場です。

宗教などの他のスピリチュアルな思考体系の種類によって、それぞれ違う概念で言い換えられるかもしれません。

キリスト教については下記記事を参照してみてください。

聖霊とは誰・何か?精霊とは違う?何をする?―聖霊の性質と働き・役割―その人のために物理好きの無神論者がキリスト教の牧師になって始めたブログ

これによれば、聖霊には、以下のような働きがありようです。

あなたは、聖霊って何だと思いますか?また、聖霊の働きを感じたことがありますか?

僕はよく、デートとか電話とか人と接する前に自分をらっぽにするために、祈ります。そうすると、不思議とリラックスして、うまく流れるんです。

はじめてのフォーカスパーソンも、祈りを使ったら大爆笑を生み出せました↓

【天を味方につける】ビジョン心理学マスタートレーナー栗原弘美による3DAYSセミナー体験記

祈りとは、聖霊を通して神様と繋がろうとする意志、とでも定義できるのではないでしょうか。

本書は『ア・コースイン・ミラクル』というビジョン心理学の大きな柱となっている重要文献を、著者の人生経験を交え平易に解説してくれている貴重な本です。

聖霊について色々な箇所で多角的に言及され説明されているほか、ビジョン心理学を理解する上で必要な事項が所せましと凝縮されています。

絶版本ですし価格が高騰しているので、やる気のある方はぜひ早めに手に取ってみてください。

家族の役割

あなたをくり返し、繰り返しトラブルの渦に巻き込む のは、「愛されていない」という最初の誤解から生まれた、「こうしなければ愛されない」という思考のパターンでした1

そのような思考パターンを、役割といいます。

役割に基づいて与えようとしても、それは本来の自分ではないので、楽しくなく、見返りを求める重圧を含んだものになります。それは、相手も受け取れないのです。

そんな上っ面のヒョロヒョロgiveでは、共同創造なんかできませんよね。

恋愛においても、自分が家庭の中で演じた役割が、完ぺきな伴侶を持つのを妨げている場合が多いのです。

ビジョン心理学では、本当の与えることとは、受け取ることとワンセットであると教えられます。

その意味は、「与えたらしっかり対価を相手からもらいなさい」というものではなく、「与えることそれ自体を楽しみなさい」ということなのです。

かず
かず
等価交換と贈与の違いですね

コミットメントするとは、そのような役割から自由になることに他なりません。

あなたはあなたの目的地に帰ればいいのです。そこにあなたの魅力があり、家族に対する真の救いとなるギフト(才能)も隠れています。

そのために、まずは、あなたがあなたの家族の中で担っていた役割について、理解しておきましょう。

役割は、5つあるとされています。

  1. ヒーロー
  2. 犠牲者
  3. 問題児
  4. 迷子
  5. マスコット

です。

5つの役割

ヒーロー

ヒーローは、家庭の輝かしい光です。

いつも成功し、いつも勝ち、スポーツがうまかったり、成績が素晴らしかったりします。家族のだれもが誇りに思う存在です。

自分がとにかく最高であることによって、ヒーローは家族を救おうとします。

犠牲者

犠牲者は、病気になったり問題を抱えたりして、みんなの苦しみを飲み込み、家族を救おうと試みます。

問題児

問題児はいつもトラブルを抱えています。彼自身が生み出したのではなく、家族の膿を出しているだけなのです。

そのようにして問題児は家庭の問題を自らの身体を使って表現することで、家族を救おうとしているのです。

迷子

迷子は、自分が姿を消すことによって、家族を救うことになると考えています。

マスコット

マスコットは、ユーモアと遊びで家族を楽しませます。しかし、心の底では、ありのままの自分には価値がなく、人々に何かをしてあげることでやっと価値が生まれると感じています。

当人の考えでは、みんなを楽しませることが家族への最高の貢献なのです。

実習では、簡単な家系図を書いて、このような5つの役割を、家族に当てはめるということをやりました。

僕んちの場合

問題児です。

父母が仮面夫婦であるにもかかわらず、外ずらがいいのが受け容れられませんでした。

父が夜8時ころ仕事から帰ってくる気配がすると、母は「ちっ!来た…」と舌打ちするんです。

心通わす会話なんでありません。

なんでこいつら結婚したのか?俺が生まれたせいで父やと母親が不幸になった…

僕は中学校から勉強が嫌いになり、ぐれました。部屋はゴミだめ。

遅刻魔になり、いじめたり、いじめられたりも経験しました。

正月など親戚が家にきても、ブスッと舌を向いて不機嫌そうにしていました。

これらは、問題意識を両親に持たせるためだったと思います。

そして、このようなパターンは社会人になってからも続きます。

訴訟に発展した弁護士とのトラブルも、前職のT-ONEでも、僕が全ての問題を引き受け、そしてその”膿”を背負った形で切られるパターンでした。

ヒーローです。

地元の有名女子高で生徒会長を務めてました。

その後管理栄養士になり、結婚をし、子どもを1人産んでいます。

いつまでも独身で風来坊のような僕が担えなかった役割を、妹は担っていたのです。

マスコットです。みんなから可愛がられる末っ子キャラを押し付けられています。

迷子です。

会社勤めをしていたときは、平日は毎日夜8時ころまで残業して家に帰り、飯を食べながら焼酎を飲んですぐ寝てしまいます。休日もゴルフなどであまり家にいる印象はありません。

脱サラして農業をはじめてからは、より家に寄り付かなくなりました。

そして、子どもが全員成人したことを期に、母親と別居するに至っています。

セミナー当日は何の役割かわかりませんでしたが、後日のフォローアップ面談を受けて、犠牲者ではないかと思うようになりました。

いつも不安でイライラしています。

「いい会社に勤めて、早めに結婚して…」という「普通」な人生が正しいんだと押し付けてくる、コントローラーです。

そうみると、犠牲者なんかではなくてめちゃめちゃ自己主張してくるやん、と思ってしまいますが、コントロールの裏にはハートブレイクがあります。

母親と対話した結果、自由奔放に世界を飛び回っていていつまでも独身の姉に、アパートの保証人なってと呼び出されたり、アル中になったときに入院手続を頼まれたり、結構迷惑をかけられたようでした。

そして、自分は岡田家を継ぐ者として、自由にやりたいことをやってはいけないんだ、という足かせをはめるに至りました。

その傷により生じた攻撃性の転移として、子供たちに上記のような”枠”を押し付けるに至ったことが理解できました。

家族は一つの心である

このように家族を役割に分類していくと、家族は一つの単位である、ということがわかります。

家族全体の集合的な心がありますから、潜在意識のレベルでは、メンバーのどんな役割も行動も、全体で決定しています。

そして、自分が変革しようとコミットメントしない限り、家庭内の役割は一生ついて回り、他者との対等な親密感あふれる関係を築くのを妨げてしまうのです。

問題児は家族を救うためにトラブルを起こす役割に没頭しすぎて、自分の人生を保留にしてしまうかもしれません。

犠牲者は家族や年老いた親の面倒を看なければいけないといって、パートナーを持つことを拒むかもしれません。

そうした役割は家以外の他の組織の中でも表面化してきます。

しかし、それがヒーリングのプロセスであり、新しい成長の始まりだと気づけば、そのような補償的な関係の終わりを告げる、鐘の音が聞こえてくるでしょう。

さあ、ここまでコミットメントの5つのメニューのうち、2つ目まで見てきました。

  1. アカウンタビリティを受け容れる
  2. 家族の役割を理解する
  3. 真実のギフトに気づく
  4. 過去のストーリーを手放す
  5. 男女間の真実のパートナーシップの世界へ

長くなってしまうので、今日はここまでにしておきましょう。

いよいよ、「役割」というバットエンド・ストーリーの渦から抜け出て、ハッピーエンド・ストーリーの海流に乗るときがきました。

コミットメントの海路の最終段階です。そこにはどのような世界が広がっているのでしょうか?

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)